2022.8 AUGUST 66号

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Keynote 3

アフリカにおける農業デジタル化基盤の構築

NTCインターナショナル株式会社 鶴谷 学

1 はじめに

 2019年8月に開催された第7回アフリカ開発会議(TICAD7)全体会合3 「官民ビジネス対話」において、アフリカビジネス協議会農業ワーキンググループから「アフリカ農業イノベーション・プラットフォーム構想」1が発表された(図1)。これを受けて、国際協力機構(JICA)は「アフリカにおける農業デジタル化基盤構築に係る情報収集・確認調査」(2020年4月~2021年9月)を実施した。調査の目的は、上記の構想における優先アクションの一つである「農業デジタル化基盤構築」の具体化に向けて、本邦企業の参画を前提としたICT(情報通信技術)ツールを用いた農家の組織化及び組織強化の可能性・事業性を検証することである。また調査の対象は、デジタル化基盤の概要についてはアフリカ全体を対象とし、さらにケニア、コートジボワール、セネガル、ナイジェリア、ガーナ、エチオピア、ザンビア、マダガスカルの8か国については、各国のデジタル化基盤の制度的な環境を調査した他、特にケニア、コートジボワール、セネガルに関しては具体的な事業モデルの検討を行った。本稿はこの調査において収集した情報に基づいて記載するものである。

図1 「アフリカ農業イノベーション・プラットフォーム構想」の取組みの全体像
図1 「アフリカ農業イノベーション・プラットフォーム構想」の取組みの全体像
出典:TICAD7 官民ビジネス対話発表資料


 アフリカ各国では、携帯電話を中心とした情報化・デジタル化が急速に進展している。農業分野でも、特に小規模農家の生産性や付加価値の向上を目指すデジタル化基盤サービス(ICTを活用したサービス・プラットフォーム)の展開が進んでいる。以下本稿では、アフリカにおけるデジタル化基盤の実態、新型コロナウイルスのパンデミック下でのデジタル基盤の活用について述べた後、電子農協のビジネスモデルおよびその機能について概要を述べる。最後に、「農業デジタル化基盤構築」で想定された事業モデルである「電子農協」の課題及び改善の方向性の提言について記述する。

本稿の流れ
本稿の流れ

2 アフリカにおける農業デジタル化基盤の実態

 アフリカにおいて小規模農家を対象とするデジタル化基盤が提供するサービスについては、大きく5つのパターンに類型化することができる(類型別件数は表1に掲載)。

表1 デジタル化基盤サービスの類型別件数(アフリカ全体)

類型区分

農家支援アドバイス・情報サービス

マーケット・リンケージ

サプライチェーン/ERP

金融・決済

その他

サービス

アフリカ全体(件)

71

53

38

50

30

242

構成比

29%

22%

16%

21%

12%

100%

注:1社が複数の類型のサービスを提供する場合、複数でカウントしている。
出典:既存文献を参照してリストアップした上で、本調査期間中にホームページ等で確認できたサービスをカウントした。


①農業支援アドバイス・情報サービス:

 最も件数が多いものは、農家支援アドバイス・情報サービスであり、気象、害虫・病害などの情報提供や、土壌、農学・農法などに関するヒントなどを提供するものが主流である。このうち特に各圃場のGPS情報と紐づいたセンサーや衛星から得られる情報によって、各農家にカスタマイズされたアドバイスを提供するサービスもある。情報提供の方法は、フィーチャーフォンを介して文字(テキスト)や音声で、サービス提供者と農家との間で双方向のやりとりを可能にしている場合が多い。またアドバイスの内容は機械学習を活用して農家の問い合わせに適合する精度を高めつつ運用の効率性を高めている場合もある。こうした農作業に直接関係するアドバイスに加えて、栄養や教育などの生計に関する情報提供や、オフグリッドの発電と携帯電話の利用をセットにしたサービスなど、農家にとって必要性の高い各種サービス・コンテンツを提供するプロバイダーが関わっている。

 こうしたサービスにより、小規模農家は自己の圃場での単収の向上、農産品の品質向上、生産コストの削減、市場の理解の向上といった改善を通して、農業収入を増加させることが期待される。

②マーケット・リンケージ:

 農家が流通業者、卸売業者、小売業者、加工業者、小売などのアグリゲーターに生産物を販売することを支援する。また、農家が農業資材サプライヤーから種苗や肥料、農薬・除草剤などを購入することを支援し、特に政府が公認した質の良い製品・サプライヤーへのアクセスを確保している。これらの機能とあわせて、価格情報が提供される場合もある。価格情報の情報源は、政府が公表する情報や、商品取引所の情報を収集している場合のほか、デジタル化基盤を利用する農家の一部をエージェントとして育成し、近隣の卸売市場で価格調査を毎日行う事例もある。さらに、生産時および収穫後の機械化サービス(灌漑、トラクター、冷蔵)を利用したりすることも支援する機能や、小規模農家の共同調達、共同販売を支援する機能を有する場合もある。これらを通じて、小規模農家が買い手を見つけて取引するコストとリスクを減らし、小規模農家の収入や販売機会を増加させる効果がある。

③サプライチェーン/ERP(Enterprise Resource Planning):

 協同組合、大手農場、農産物資材販売業者、加工業者など、農業バリューチェーンに係る農業ビジネスの事業者が、小規模農家との関係構築を行うことを支援するサービスである。農家の生産活動のモニタリングや集荷時の品質評価などの機能を有し、トレーサビリティの確保や品質の等級設定、バリューチェーンの効率化などを通じて、廃棄ロスの削減や小規模農家の付加価値の向上などに寄与する。

④金融・決済:

 小規模農家が参加するデジタルな商取引の決済や、農家支援アドバイス・情報提供サービスに対する課金などは、多くの場合携帯電話会社が提供するモバイルマネーを活用している。これは、多くのアフリカ諸国では、銀行口座の利用や現金流通のインフラ(ATM等)が乏しい一方で、急速に普及してきた携帯電話のネットワークを活用するメリットが大きいためである。モバイルマネーの利用増加に伴って、農家の情報と携帯電話の利用情報を活用し、機械学習等の人工知能による審査を行うマイクロファイナンスや保険などの金融サービスを、電子マネーを介して提供するサービスが台頭してきた。特に、農家が農業資材を購入する際に、クレジットで購入できるようにインターフェースを設定し、収穫時の資金回収と連動して自動的に返済する仕組みを構築している事例もあり、農家にとっては大きなメリットとなっている。なお、金融支援という面では、まだ少数ではあるが、農業生産者に消費者が直接資金提供するクラウド・ファーミングと呼ばれるサービスも展開され始めている。

 小規模農家にとっては、デジタルによる決済、貯蓄、クレジット、農業保険などへのアクセスが可能となり、生産サイクルの持続性確保や生産リスクの管理、長期的な成長に資する投資などを支援する効果がある。

⑤その他のサービス

 小規模農家を対象として、ドローンやトラクター、ホーム・ソーラー(携帯電話や小規模な電動収穫後処理機器などとセットで提供する場合が多い)、輸送サービス等の利用を提供するデジタル・サービスがある。

3 新型コロナウイルスのパンデミック下でのデジタル基盤の活用

 本調査では、新型コロナウイルスの感染拡大の影響による農業サプライチェーンの状況やデジタル化基盤の活用実態に関して、2020年8月から11月にかけて、対象8か国でインタビュー調査を実施した。その結果を見ると、各国ともパンデミック、特にロックダウンの影響によって、農業のバリューチェーンの各段階で目詰まりが生じた。このうち農家への直接的な影響について見ると、農家の生産においては、①政府や支援組織による種子や肥料の配布が困難になった、②季節労働者が圃場に行けなくなった、③小規模農家のインフォーマルな金融サービスが停止した、④集会の禁止によって普及員が訪問できなくなった、などの困難が指摘されていた。農家の販売に関しては、一部の国で都市圏の封鎖などにより販売や輸送が滞ったほか、移動や保管の長期化によって農産物の品質が低下して価格の下落を招いた。また肥料価格や輸送費が高騰したが農家の販売価格には十分に反映されないといった事態もみられた。

 バリューチェーンの広範囲にわたって問題が生じる中、デジタル化基盤のサービスを活用するケースが増大した。特に輸送・保管サービス、マーケット・リンケージへのアクセスが増加し、次いで、農業インプットの購入量や価格情報へのアクセス、農家から消費者への直販、モバイルマネーの取扱量の増加などが多く指摘されていた。

 サプライチェーンの断絶や停滞により、農家は、インプットの調達や収穫物の販売、輸送手段の確保等で困難に直面したことから、一部の農家はデジタル化基盤を通じて代替的な調達先や販売先等を確保しようとアクセスを増やすとともに、消費地への直接販売やデジタルによる決済を試みるなどの工夫をしたものと理解される。

 このようにパンデミックはデジタル化基盤の利用を促進する効果があったと考えられる。デジタル化基盤事業者へのインタビューでは、移動制限を経て、農家のデジタルツールへの関心が高まったといった指摘が多く見られた。また政府機関やドナーの声としても、パンデミックを経て、農家の販売・調達支援や輸送手段確保等のマーケット・リンケージに対するニーズ・期待が多く指摘されている。

4 電子農協のビジネスモデル

 現在デジタル化基盤の中核的機能・サービスとして多く展開されているものは、農業支援アドバイス・情報サービス、マーケット・リンケージを行うサービス、そしてこの双方を含むサービスである。

 前者については、利用料を支払うのは主に農家であるため、コストを賄うのに十分な収入を得ることは容易ではない。このため多くの運営主体(現地や欧州、インドなどのスタートアップ)は、国際ドナーや財団などと連携して支援を受けている場合が多い。他方、後者のマーケット・リンケージ型は、農家に加えて農業資材サプライヤー、バイヤー(仲介者や大手のオフテーカー等)、金融機関なども参加しており、こうした企業が、農家情報の活用といった付加価値に対して利用料を得ることができる。

 これを踏まえると、本邦企業がデジタル化基盤に参入する場合は、農家支援アドバイス・情報サービス、営農管理、マーケット・リンケージ、金融・決済の機能を含むサービスとして「電子農協」を展開することが有望である。

 既存の電子農協へのインタビューによれば、デジタル化基盤サービスを提供するプラットフォーム企業は以下の通り、様々な形態で収入を得ている。

 第一に、最も主要な収入形態は、プラットフォームに参加する農業資材業者や流通業者(農家から調達するバイヤー)が、プラットフォーム上の取引金額の5%~10%程度を手数料として支払うものである。

 第二に、農家がプラットフォームに対して支払う手数料である。例えば農家向けアドバイス・サービスの利用料を支払うケースである。この場合、農家はフィーチャーフォン経由で情報を取得し、その対価の支払いは、事前にバウチャーを購入したり、モバイル料金の支払いに上乗せして課金したりする場合などがある。一方、デジタル化基盤サービス全般の対価として農家が手数料を支払う場合は、年間の作物販売を通じて一定額以上の利益が出た場合だけ課金するなど、農家の支払い能力を考慮しているケースもある。

 第三に、プラットフォームの提携先が手数料(キックバック)を支払う形態である。プラットフォーム企業は、多くの場合モバイルマネーを提供する移動体通信事業者(MNO)と提携し、農家がモバイルマネーを利用できるようにしている。この場合、農家は農業資材を購入する際などにモバイルマネーで支払いを行う。MNOは小売店など、販売代金をモバイルマネーで決済する事業者から販売額の一定割合(1%~3%程度)を手数料として受領しているが、このような加盟店手数料の一部をプラットフォーム企業に還元している場合がある。

 第四に、プラットフォーム自身がブローカー(仲介)業務を行い、売り手と買い手を能動的にマッチングすることによって仲介手数料を得る形態がある。

 第五に、プラットフォーム自身がディーラー業務(流通業者の機能)を行い、売買の差額を収入として得る形態である。この場合は、プラットフォームが価格変動リスクや廃棄ロスのリスクを負っているため、売買価格差(マージン)は、買い取り価格の60%~100%とかなり大きい。

 このほかにも、独自に開発されたユニークな収入形態もある。一例として、プラットフォーム企業が農家向けに気象情報を配信するにあたって、気象庁の持つ観測ポイントよりも微細なメッシュで農家が実際に観測した情報をフィードバックし、これによって得られる追加的な情報料をサービスプロバイダーや気象庁との間で按分して収益源の一部としているケースがある。ここから得られる着眼点としては、農家の支払い能力は極めて限定的であるため、その代わりに多数の農家を活用、動員することによって市場価値のある情報をデータ化して商業化するという点である。同じようなケースとして、前述のように農家に毎日近隣の市場で卸売価格を調べてもらい、この情報を基に広範囲の市場価格データとして活用・販売するというプラットフォームは複数確認されている。

5 電子農協の機能

 調査対象8か国のいずれにおいても、コメや野菜のバリューチェーンは伝統的、複層的な流通が多くを占める。すなわち、小規模な流通業者が、自家消費と販売が混在した農家から随時買い取りを行い、さらに中間業者や仲介を経て、露店商や零細な小売業者(KIOSK)などで消費者へ販売されるといった流通経路が多数分散して存在している。このため、価格や生産量などの情報は、それぞれの流通経路における中間業者の主観的な口伝え情報に依存する場合が多く、情報の非対称性が大きいと言える。さらに、細い流通経路が分断されて存在するため、COVID-19のパンデミックによるロックダウン、移動制限が生じた際には、サプライチェーンの各段階で機能停止がみられ、都市部の大消費地で供給不足と価格上昇が生じる反面、農村近郊の市場では値崩れが起きるといった事例も散見された。

 このように、伝統的、複層的な流通構造は、市場価格や流通量の調整といった市場機能が働きにくいため、需給ミスマッチによる廃棄ロスが発生しやすいうえ、各段階のアクターの事業リスクを大きくする要因でもある。たとえば生産者は計画的に生産量を増やすといった意思決定をしにくく、流通業者にとっても、取扱量は自己資金の範囲内に収めざるを得ない。

 こうした不確実性は、生産者や流通業者の金融アクセスの機会も制約する。特に零細な生産者農家は、金融機関が与信の都度審査していたのではコストがかかり過ぎるため、与信の対象外であるか、与信を受けることができたとしても相当な高金利となる。本調査の農家への聞き取り調査でも、月利10%以上といったケースが少なくない。他方、本調査でインタビューした金融機関は、いずれも農業分野を重視しており、政府の政策も踏まえて小規模農家に与信できるサービスを開発、検討している。また実際に既存の電子農協と提携した与信サービスを提供する金融機関の事例も、まだ少数であるが確認されている。

 電子農協は、こうした情報の非対称性を大幅に緩和することができる。流通業者は、前もって農家の出荷量等の情報を得られれば、計画的に買い取りを進められ集荷を効率化できることや、次の販売先にも事前に営業でき、売れ残りや廃棄を含む不確実性を減らすことが可能になる。一方資材業者にとっても、計画的に販売できるため効率的な仕入れが可能になるほか、農家のニーズを把握しやすくなるため、取扱商品の多様化を図ることもできる。金融機関は、農家や営農情報、販売実績などの情報に基づいた与信判断が可能になり、しかもデジタル化された情報を使用することで審査コストも最小化できる。

6 電子農協の課題と提言

 このように電子農協は、生産から流通における情報の非対称性を緩和することで、バリューチェーンに参加する農家や流通業者等の付加価値を向上させるとともに、現在バリューチェーンの各段階で生じている廃棄を減らす効果が期待できる。しかしその一方で課題もある。すなわち、電子農協が自律的に運営されるには規模の経済を実現する必要があるが、以下の点から、これには相応の時間が必要となっている。第一に、既存の電子農協への聞き取りによれば、農村において電子農協の根幹である農家や圃場、農業生産に係る管理とデータ収集を行うためには、当該地域とデジタル・デバイスの扱いに精通したフィールドワーカーを育成し配置することが必要である。第二に、対象となる農家を増やすには、各農村への営業活動や、個々の農村や農家グループ、流通業者などのニーズへの対応が求められる。

 こうしたことから、電子農協の取り組みは、広域での展開とならず、小規模にとどまっている。したがって現状では、電子農協を運営する企業各社のバリューチェーンは依然として細く、また分断されている。

 こうした課題に対して、特に先進国で見られる制度的な対応は卸売市場である。卸売市場は流通業者などの事業者同士が取引をする場を提供し、価格機能が需給のミスマッチを最小化するような仕組みが機能している。

 アフリカでは、ICTの活用による農民組織の強化が期待されている状況であり、こうしたデジタル活用のメリットを生かしながら、卸売市場の機能を提供していくことが求められていると考えられる。前述の新型コロナによるサプライチェーンの影響調査では、現地政府機関や国際ドナー、電子農協等の事業を展開する先行企業などからは、既存の電子農協が参加する、統一的なプラットフォームの構築を期待する声が聞かれた。デジタル化基盤ごとに蓄積されるデータを一元的に活用する卸売・取引市場の創設に向けた機運が高まっていると思われる。

 本邦企業の参入機会という点では、本邦で展開されている農業データ連携基盤(WAGRI)が注目される。WAGRIは、農業バリューチェーンのデータをフル活用することにより、これまで達成できなかった生産性の飛躍的向上、高品質な農産物の安定生産などを実現することを目的とした官民による取り組みであり、データ連携・共有機能を有するデータプラットフォームである。様々な企業がデータ連携基盤を通じて参加するような電子卸売市場の展開に関しては、本邦企業に一定の優位性があるものと考えられる。

図1 電子農協の効果と課題
図1 電子農協の効果と課題
出典:インタビュー等に基づき調査チームが作成


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