2022.2 FEBRUARY 65号

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「世界の農業農村開発」第65号 特集解題

海外情報誌企画委員会 委員長  角田 豊


 この度、海外情報誌「世界の農業農村開発」の企画委員長と特集解題の執筆を担当することになりました。皆様に有用な情報をお伝えできるよう誌面づくりに微力ながら取り組んでいきたいと思っております。よろしくお願いします。


 日本水土総合研究所(JIID)は、1994年以来発行してきた海外情報誌「ARDEC」を創刊から30年を経てリニューアルし、今号より名称を「世界の農業農村開発」とした。JIIDは国内外の農業農村整備に関する総合的な調査研究を行っており、今回の海外情報誌の名称変更は、世界の農業農村の開発と発展に関与していくというJIIDの立ち位置を明確にし、わかりやすい名称としたものである。

 第65号の特集テーマについて企画委員会で議論し、「SDGsと農業農村開発」とした。SDGsは2015年に国連で採択された2030年を目標年とする持続可能な開発目標である。日本では近年、急速に国民の間にSDGsに対する意識が浸透してきていると感じる。企業の社会的責任(CSR)に組み込まれ、マスコミ報道でもサステナブルという言葉が頻出する。気候変動により地球規模の環境の変化が顕著になり、コロナ禍による広範なサプライチェーンの分断が生活を直撃し、人々は地球規模の持続可能性について差し迫った問題として認識するようになったことが背景にあると思われる。

 2016年、政府は、内閣にSDGs推進本部を設置し、SDGs実施指針を策定した。その具体的施策として、「農林水産業の成長産業化」、「農山漁村の振興」、「途上国の食料システム強化」、「農業生産基盤の整備」、「健全な水循環の構築」、「農山漁村の振興のための再生可能エネルギー活用」、「農林水産業における気候変動対策」、「食品ロスの削減」、「農林水産業における生物多様性の保全」などが列挙されており農業農村分野はSDGsの達成に重要な役割を担っている。

 今号は、Opinion1編、Keynote3編、Report & Information3編で構成する。特集テーマに沿って解題を試みたい。


 Opinionでは、農水省海外土地改良技術室長の北田裕道氏が「SDGsを踏まえた今後の農業農村開発」について所見を述べている。我が国は、これまで農業農村開発協力として開発途上国の食料増産に不可欠な灌漑を中心に、砂漠化防止、土壌浸食防止、村づくり、参加型水管理などのテーマについて協力を展開してきた。その結果、アジアを中心に経済成長を遂げ、従来型の食料増産を目的とした灌漑協力のニーズは減少してきている。近年では、生産・加工・流通・消費の各段階をつないで世界の食産業全体の成長を支援するグローバル・フード・バリューチェーン戦略が打ち出されている。

 今後の農業農村開発は、SDGsや気候変動対策に即しつつ、我が国の外交戦略や成長戦略、政府間合意による協力の枠組み(日アセアン、日メコン、TICAD等)に基づく案件形成が重要であると指摘している。特に気候変動対策の観点からは、干ばつや洪水の激甚化への適応策が重要であり、海外農業農村開発はその一翼を担うと指摘している。近年の国際協力は被援助国からの要請ベースに限らず、我が国自ら協力案件を形成し被援助国に提案できる仕組みとなっており、今後は、灌漑排水施設の整備に合わせて防災能力の強化、再生エネルギーの開発、農産物流通強化、通信基盤の整備などを複合的に進めるマルチセクターの案件形成が必要であると提案している。在外公館、国際機関、JICA等に派遣されている農業農村工学技術者のネットワークをフルに活用して新たなプロジェクト形成が進むことを期待したい。

 また、SDGsの目標6(水・衛生)において、「水利用効率の大幅な改善」がターゲットに設定され、全てのセクターの水利用の効率性を単位用水量当たりの生産額で評価するという算定式が提案されている。これは、他セクターに比べ生産額の低い農業、特に水使用量の多い水田農業にとってはきわめて不利で一方的な考え方であると指摘している。これまでも、日本はアジア諸国と連携して水田・水環境国際ネットワーク(INWEPF)を立ち上げ、アジアモンスーン地域の水田農業の特質や多面的機能に関する主張を続けてきたところであり、世界水フォーラム等の国際的な政策議論に積極的に参画し、アジアモンスーン地域の水田農業について科学的論拠に基づく主張を展開していくことが必要であると指摘している。


 Keynote1では、FAO駐日連絡事務所長の日比絵里子氏が「SDGsと農業農村開発~持続可能な食料システムを目指して~」と題し、食料安全保障と持続可能な食料システムの重要性について説明している。

 SDGsの目標2「飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成し、持続可能な農業を促進する」ことが食料安全保障を実現することであり、他のSDGsの目標と密接に連携して、食料のサプライチェーンの全工程と政策・環境・行動などが連動する「食料システム」の構築が重要であると指摘している。

 飢餓や栄養不足の問題は、「紛争」、「気候変動と環境問題」、「経済ショック」が三大要素である。新型コロナ感染の大流行は「経済ショック」の一形態であり、食料のサプライチェーンの寸断で2020年に飢餓人口は1億6,100万人も増えSDGsの目標2の達成を遠ざけてしまった。「紛争」の影響については、日比氏が紛争下のシリアに駐在していた経験も踏まえ、飢餓との闘いは平和の維持の取り組みが欠かせないと指摘している。そして、「気候変動」に起因する災害の多発は農業生産を直撃し供給が滞ることによって飢餓や栄養不足を引き起こす。農業由来の温暖化ガスの排出を減らす緩和策と、気候変動の影響に適応できる強靭な食料システムを作る適応策の二刀流の対策が急務であると説く。

 加えて、生物多様性の喪失と食料ロス・廃棄の問題を指摘している。世界の食料生産の三分の一は損失・廃棄される一方、飢餓や栄養不足の存在というひずみが生じている。持続可能な新しい食料システムに変革することが急務であると説く。2020年に国連が開催した「食料システムサミット」では、環境にやさしい生産への関心が高まり、地産地消の促進、環境の認証制度、消費者や生産者の意識改革などが議論された。環境への負荷を最小限にしながら持続可能な形で食料を生産するための変革を目指している。

 この文脈でFAOでは世界的に重要な地域固有の伝統的農業を「世界農業遺産」に認定する制度に取り組み、2014年の「国際家族農業年」をきっかけに資本集約的で環境負荷の高い大規模農業から、環境負荷の低い家族農業や小規模農業に注目が集まった。2019年から「国連家族農業の10年」が始まり、食料システム変革のツールとして期待を述べている。

 農業農村の持続可能な発展は飢餓や栄養不良の解決だけではなく他のすべてのSDGsの達成に重要な役割を果たす。農業農村開発に関する日本の知見を世界に共有してほしいと述べている。日本は、2021年に「みどりの食料システム戦略」を策定したところであり、世界の期待に応えていくことが望まれる。


 Keynote2では、熊本大学特任教授の渡邉紹裕氏が「第4回アジア太平洋水サミットと国連SDGs」について述べている。

 2022年4月、熊本市で「第4回アジア・太平洋水サミット」が、「持続可能な発展のための水~実践と継承~」をメインテーマに開催される。熊本市は、阿蘇を水源とする地下水で全市民の生活飲料水を供給しており、水田を活用した地下水涵養、市民の節水運動など農家や市民の連携・共同による自然のシステムを利用した取り組みが高く評価されている。

 サミットには、アジア太平洋地域の49か国の元首・首脳級の参加が予定されている。運営には水に関する国内外の関係機関から運営委員が選出され、渡邉氏は灌漑排水委員会(ICID)の代表として委員会に参画している。今回のサミットでは、干ばつや洪水、海面上昇等の懸念が高まる中、水にかかわる「質の高いインフラ」を整備し、自然災害等に対し強靭ですべての人を包摂する持続可能な「質の高い社会」を構築することをコンセプトとしており、議論の枠組みはSDGsが強く意識されているという。

 全体で9の分科会が開設され、そのうちの「水と食料」分科会は農水省が共同主催者となりFAO、IWMIなど国際機関と連携して開催する。水と農業農村開発の観点からは、SDGsの目標2(飢餓、農業)、目標6(水と衛生)、目標7(エネルギー)、目標9(インフラ整備)、目標11(持続可能なまちづくり)、目標13(気候変動対策)、目標15(陸の豊かさ)に関わってくる。議論のポイントは、食料安全保障のための水、農業における水の生産性の向上、灌漑用水の多面的機能、持続可能な灌漑システムの改善、人材育成と施策評価、環境負荷の軽減である。渡邉氏は「水の生産性」に関するSDGsの評価指標に問題があることを指摘しており、Opinionで北田氏も同様の指摘をしている。この分科会でアジアの水田農業の特性をしっかり踏まえた議論がなされ、成果文書等に反映されていくことを期待したい。

 今回のサミットでは、サイドイベントとして、ICIDが認定する「世界灌漑施設遺産サミット」が計画され、ヘリテージツーリズムも企画されているという。灌漑施設遺産の関係者の交流が進むことを期待したい。


 Keynote3では、青森県立名久井農業高校講師の木村亨氏が「新たな緑の革命・ジャパンSDGsアワードを受賞した取組」について紹介している。

 青森県三戸郡南部町にある名久井農業高校は、生物生産科、園芸科学科、環境システム科の3科に300名の生徒が学び、生徒自らが農業の諸問題を研究する「課題研究」に取り組んでいる。環境システム科の「環境研究班」は、2015年以来継続して水や食料に関する研究活動を続けて多くの成果を上げ、現在も在校生が新たな研究活動に取り組んでいる。

 最初の取り組みは、富栄養化で藻類が繁茂する池の水質浄化研究であった。水中の窒素やリン酸などの過剰養分を景観植物のサンパチェンスで吸収させるもので、種苗会社の協力も得て水中根の発生や硝化菌の応用等の工夫を行い藻類の抑制と池の修景に成功した。続いてこの技術を開発途上国の水質改善と食料供給に応用しようと、サンパチェンスを豆類やトウモロコシに置き換え、地元農家の協力を得て農業用ため池での試験の結果、水質改善と作物の収穫を実現でき、2018年にストックホルム青少年水大賞準グランプリを獲得した。これに続き、農薬の飛散を抑制する泡農薬の開発で文部科学大臣賞を受賞した。

 そして、次は、アフリカなど乾燥地域における伝統農法をヒントにわずかな降雨を効率的に集め作物を育てるための集水ウィングを考案した。これは、日本の伝統技術「三和土(たたき)」を応用し、土と砂と消石灰を混ぜて固化した三日月状の集水装置で、土としてリサイクル可能なものである。この技術はストックホルム青少年水大賞世界グランプリを獲得し、タンザニアやインド等海外からの反響もあったという。

 環境研究班の一連の取り組みは、農業高校の視点からのSDGsの理念に基づく環境・農業技術開発として高く評価され、2020年、内閣SDGs推進本部の「ジャパンSDGsアワード大賞」を受賞した。

 コロナ禍が終息した後は、関係機関、民間企業、NGO等とも連携してこうした技術の適用事例の拡大が図られることを期待したい。


 Report & Networkでは3本の報告があった。

 最初の報告は、NTCインターナショナル株式会社の西谷光生氏からイラクの参加型水管理の事例である。乾燥地域にあるイラクでは、農業には灌漑が不可欠である。日本は、灌漑セクターローンによる施設整備と並行して灌漑水管理の水利組合普及プロジェクト(2017年~2021年)を技術協力で実施、イラク南部の2つの水利組合をイラクにおける灌漑水管理を進めるモデルとして、水利組合の運営管理、灌漑施設管理、圃場内外の水管理について協力を行い、水利組合のモデルづくりに成果を上げたことが報告されている。

 2本目は、農水省からラオスの参加型農業振興プロジェクトに専門家として派遣されていた高石洋行氏の報告である。これは、灌漑、営農、マーケティングの活動において、農家自らが農業収入の向上を決定し行政が技術面からサポートするプロジェクトであり、技術協力のポイントを農家やカウンターパートとの信頼関係の構築の観点から具体的に述べている。

 3本目は、国際農林水産業研究センター(JIRCAS)の渡辺守氏がJIRCASの取り組む気候変動対応技術の開発の状況について説明している。

 農業は気候・土地・水に大きく依存しており、気候変動の影響を最も受ける。農業由来の温暖化ガスである家畜・水田由来のメタンの抑制、土壌・肥料・排泄物からの亜酸化窒素を削減する「緩和技術」と気候変動に伴い頻発する干ばつ・洪水など極端気象への「適応技術」の両面の対応が求められると指摘。JIRCASでは、ベトナム・カントー大学と共同で水田の間断灌漑技術を実証し、メタンの発生抑制とコメの収量増加を確認できたとしている。また、タイ農業局との共同研究では有機物施用による土壌炭素貯留の効果を確認しつつあるとしている。


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