2022.2 FEBRUARY 65号

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REPORT & NETWORK

開発途上地域を対象とした農業分野の総合的気候変動対応技術の開発

国立研究開発法人国際農林水産業研究センター農村開発領域 主任研究員  渡辺 守

1 はじめに

 国際農林水産業研究センター(以下、「国際農研」)は、熱帯または亜熱帯に属する地域その他開発途上にある海外の地域における農林水産業に関する技術上の試験および研究等を行う国立研究開発法人である。今年度から新たな中長期目標(2021~2025年度)が始まり、「我が国を代表する国際農林水産分野における研究機関として、食料・農業・農村基本計画等の政策の実現に向け、我が国を含む世界の農林水産業技術の向上を図り、持続可能な農林水産業の発展に寄与すること」をミッションとして定めた。このミッションに取り組む方針として、地球規模の食料・環境課題の解決に向け、気候変動の影響を軽減しつつ環境に調和した強靭で持続的なシステムの構築を目指す取組や、深刻な食料・栄養問題の解決のための生産性・頑強性向上に資する技術開発を強化し、アジアおよびアフリカ地域を中心に対象地域の重点化を図っている。

 本稿では、上記の方針の下に、国際農研が行っているCOP1やSDGs(持続可能な開発目標)の17の目標のひとつである気候変動への対応を主要なテーマとした研究プロジェクト「開発途上地域を対象とした農業分野の総合的気候変動対応技術の開発(以下、「気候変動総合プロジェクト」)」の主な取組を紹介する。紹介するにあたり、最近の気候変動を巡る情勢を俯瞰するとともに、「気候変動総合プロジェクト」に取り組む背景となっている近年の気候変動と農業の関係性を共有することとしたい。

2 気候変動を巡る最近の情勢

 2021年は、気候変動を巡る大きな動きが続いた年であった(表1)。4月の気候変動首脳サミットでは菅首相(当時)が日本は2030年度の温室効果ガス(GHG)排出削減目標として2013年度比46%減を目指すと宣言した。8月に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次報告書第Ⅰ作業部会報告書(自然科学的根拠)では、人間の活動の影響によって大気、海洋、および陸地を温暖化させてきたことは疑う余地がないこと、今後数十年でGHG排出量を大幅に削減しない限りパリ協定の目標達成が極めて困難であることが示され、これまでよりも踏み込んだ表現となった。

表1 2021年の気候変動を巡る主な動き

主な動き

1月

米国でバイデン政権発足

2月

米国がパリ協定に復帰

4月

気候変動首脳サミット開催

5月

G7気候・環境大臣会合

6月

G7首脳会議

8月

IPCC第6次報告書第Ⅰ作業部会報告書(自然科学的根拠)公表

10月

真鍋淑郎博士のノーベル物理学賞受賞決定(大気と海洋の循環を考慮した気候変動のモデルを開発)

10~11月

COP26開催


 そして、10~11月に開催されたCOP26には議長国である英国のジョンソン首相、米国のバイデン大統領、日本の岸田首相はじめ100か国以上の首脳が参加し、例年にも増して世界的に重要視されたものとなった。COP26での成果文書は「グラスゴー気候合意」と呼ばれ、①気温上昇を1.5℃に抑える努力を追求すること、②必要に応じて2022年末までに2030年の削減目標を再検討すること、③排出削減対策の取られていない石炭火力の段階的削減へ努力すること、④先進国から途上国に年1,000億ドルを支援する目標が未達成なため速やかに達成すること、などが含まれた。

 IPCCによると、気温上昇を1.5℃に抑えるには、2030年時点で2010年比45%のGHG削減が必要だが、現状の取組では13.7%増加することになる。そこで、今回のCOPの合意文書では、温暖化被害が大きくなる気温上昇2℃よりもさらに厳しい目標である1.5℃を重視して排出削減に向けた取組を進めていくことを合意した。そして、各国の現状の排出削減目標ではパリ協定は達成できないとの分析を受けて、これまで各国に5年ごとの目標強化を義務付けていたのを改め、必要に応じて2022年末までに2030年の各国目標を見直すことを明記した。また、報道でも大きく取り上げられていたように、各国に石炭依存と化石燃料への補助金の削減を求める文言が初めて盛り込まれた。議長国の英国は石炭火力の段階的な廃止に強く拘っていたが、インドなどの反発を受け当初案を後退させることとなり、欧州連合(EU)や島嶼国等は失望感を抱えたまま採択された。

 この他、COP26では、先進国が途上国で取り組んだGHG排出削減を、クレジットとして双方で分ける国際排出量取引のルールについても合意された。また、クレジットの二重計上防止や有効期限について重要なルールが決められた。

 さらに、いくつかの付随合意も締結された。その中で注目すべきはメタン排出を削減する合意である。バイデン大統領は、メタンの排出削減に向けた国際連携の枠組みを立ち上げると正式に表明し、メタン削減について、「今後10年で最も重要な取組の一つになる」と呼びかけた。2030年までに2020年比30%削減を目指すもので、今回のCOP26で日本を含む約100か国が合意した。この表明は、2021年9月に開催された主要国経済フォーラムで同大統領が言及したグローバル・メタン・プレッジ(GMP)に沿ったものであり、日本政府はこのGMPに参加し、メタン排出削減に向けて対策を強力に推進していくとしている。

3 気候変動と農業

 気候変動の影響を最も受けるのは農業である。なぜなら、農業は現地の気候・土地・水に大きく依存し、作物や家畜は温度、水、日照時間(日の出ている時間)の長さや日差しの強さといった気候の変化に敏感に応答する。そのため気候変動の多大な影響を受ける経済セクターであるといえる。また、農業セクターへの依存度が高い開発途上国での影響が大きくなる。例えば、国際連合食糧農業機関(FAO)の試算では、2008~2018年の干ばつ、洪水などの気象災害による農業分野での経済損失は世界の新興国、途上国あわせて1,167億ドルに上る2

 一方、農業はGHGの排出を通じて気候変動の原因となっている。農業活動(畜産含む)の中で、とくに、出荷前段階での作物・家畜生産は人為的なメタン全排出量の50%以上と亜酸化窒素全排出量の75%に及ぶとされている。化学肥料の生産、食料輸送、加工、小売、廃棄物処理など生産の前後の活動も含んだ排出は、全人為的排出量の20〜40%と推計されてきた。農業由来のGHGの中でも大きな割合を占める家畜・水田由来のメタンと土壌・肥料・排せつ物からの亜酸化窒素を削減する技術(緩和技術)が必要とされている。また、気候変動に伴い頻発化する干ばつなど極端気象への適応技術の開発・普及が求められている。

 そのため、農業分野では緩和策と適応策を総合的に進めていく必要がある。その際、対象地域の自然条件や農業生産の特殊性を考慮することも重要である。例えば、アジアモンスーン地域では、高温多湿で水田稲作の適地であり、世界の水田から発生するメタンの約90%がこの地域から発生している。GHG削減の開発・普及に向けて、地域間の協力も重要となる。

4 国際農研の気候変動総合プロジェクト

4. 1 プロジェクトの概要

 上記の背景を踏まえ、国際農研が取り組んでいる気候変動総合プロジェクトは、アジアモンスーン地域の国々を対象に、農家の行動変容につながり、プロジェクト対象国の国が決定する貢献(NDC)に貢献する気候変動緩和技術・適応技術を総合的に開発・実装するとともに、これを通じて対象国間の研究ネットワークを構築することを目的としている(図1)

図1 気候変動総合プロジェクトの概要図
図1 気候変動総合プロジェクトの概要図

 気候変動総合プロジェクトでは、次の4つの研究課題を設定している3

研究課題1 気候変動対応型の水稲作技術および灌漑水利用・管理技術の開発

研究課題2 熱帯土壌における炭素貯留促進技術の開発

研究課題3 気候変動対応型畜産体系の確立

研究課題4 気候変動対応技術の社会実装・普及のための手法の検討と実践


 ここでは、研究課題1で取り組んでいる間断灌漑技術、研究課題2で取り組んでいる土壌炭素貯留、そして研究課題3で取り組んでいる牛からのメタン排出抑制に関連する活動と成果の一部を紹介する。

4. 2 間断灌漑技術

 農業由来のGHGの中でも、家畜・水田由来のメタンが大きな割合を占めることは先述したが、その中でも牛のゲップが最大のGHG排出源であり、水田から発生するGHG排出量も大きい。メタンの発生は、水田に水を張ることで土壌が還元状態(土の中の酸素が少ない状態)となり、嫌気性のメタン生成菌の活動が活発化し、土壌中の有機物等からメタンが生成されるのが原因である。逆に、水田の水を落とし土壌を酸化状態(水が無く、土が酸素に触れやすい状態)にするとメタン生成が抑制され、メタンの発生量は低下する。日本の慣行的な水管理では、酸素を供給し根の活力維持を図るために中干しや間断灌漑を行う。こうした水管理を行うことで土壌を一時的に酸化状態にすることが可能である。

 国際農研は、ベトナム・カントー大学と共同で、水田から発生するGHGの排出量を減らすいくつかの間断灌漑技術を試みてきた。その結果、灌漑水量とGHG排出量を削減し、水稲の収量も増加することを明らかにした。基にした技術は、国際稲研究所(IRRI)が開発し普及させた間断灌漑の一種であるAWD(Alternate Wetting and Drying)と呼ばれる技術である。AWDは厳密な水深の管理を必要とすることから、農家がより容易に取り組めるよう、AWDを簡略化した(複数落水)技術の効果をベトナム・デルタのアンジャン省の複数の水田で検証した。その結果、複数落水は常時湛水による栽培と比較して収量を22%増加させると同時にメタンの排出量を35%削減できることも明らかにした(図2)

図2 複数落水と常時湛水の水稲収量およびCH4排出量の比較
図2 複数落水と常時湛水の水稲収量およびCH4排出量の比較
注:複数落水は、常時湛水栽培と比べて、水稲の収量を22%増加させ、CH4排出量を35%削減
出所:Uno et al. (2021):https://doi.org/10.1007/s10333-021-00861-8
(JIRCAS:Pick Up 337 環境に優しくお米の収量の増える夢の技術 https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20210715

4. 3 土壌炭素貯留

 大気中の二酸化炭素の増加量は土壌に蓄積されている炭素量に比べるとごくわずかである。2015年のCOP21において、フランスが全世界の土壌に蓄積されている炭素量を毎年1000分の4ずつ増加することができれば大気中の二酸化炭素の増加量をゼロに抑えることができると「4per1000(フォーパーミル)イニシアティブ」を提唱した。土壌への炭素貯留量を増加することは大気中の二酸化炭素増加を抑制する対策として考えられており、フォーパーミルの提唱によって注目が高まっている。

 国際農研はタイ農業局と共同で、タイの6カ所のキャッサバ畑またはトウモロコシ畑の長期連用試験で蓄積されたデータを解析し、農地への炭素貯留量を明らかにした。その結果、化学肥料のみ施用する慣行栽培では、土壌炭素貯留量はほとんどの場所で低下した。これに対して、有機物を施用した場合、土壌炭素貯留量はほとんどのケースで増加に転じた。特に、堆肥、家畜糞、キャッサバ茎、バイオ炭の施用により、土壌炭素貯留量の増加量が大きかった。ここで、これらの結果を基に、有機物施用による農地土壌への最大炭素貯留量を推計し、この量を農地へのGHG吸収量とみなすことができる。仮に、タイ国内すべてのキャッサバ畑で堆肥を施用し、トウモロコシ畑で乾燥牛糞を施用した場合、これらの畑土壌による推計炭素貯留量すなわちGHG吸収量は、タイの土地利用、土地利用変化および林業におけるGHGの吸収量の約3%、GHGの総排出量(土地利用、土地利用変化および林業による吸収量を除く)の約0.8%に相当すると算定される。なお、この算定は、わずか6カ所の結果を基にしているため、その精度は低い。今後、より多い地点でのデータを用いて土壌炭素貯留量を算定することが求められる。

 タイのNDCにおける緩和策としてのGHG排出削減目標において農業分野での取組に貢献するため、国際農研はこれまでの成果を取りまとめ、タイ農業協同組合省農業局と検討を開始した。

4. 4 牛からのメタン排出抑制

 ベトナムではカシューナッツの生産が盛んであり、その過程で副産物である殻が廃棄物として大量に処理される。カシューナッツ殻の抽出液には、メタン生成菌の活動を抑制するアナカルド酸等の成分が含まれている。そこで、カシューナッツ殻の抽出液を飼料に混ぜて牛に与えることにより、牛からのメタンの排出、いわゆる牛のゲップによるメタンの排出を抑える効果が期待される。

 国際農研では、現地の一般的な肉用牛であるライシン牛にカシューナッツの抽出液を混ぜた飼料を与える試験を行ったところ、乾物摂取量あたりの20~23%のメタン排出量を削減することが確認された4

5 まとめ

 国際農研の気候変動総合プロジェクトでは、ICTを活用したGHG排出量推計のためのモニタリング手法の検証や、間断灌漑の広域展開と市場メカニズム活用の検討などを計画しており、これから世界的に対策が強化されるメタン排出削減のための取組を中心に、対象とするアジアモンスーン地域の国々でのNDCに貢献する研究を継続していく。今後の活動による成果は、またの機会に報告することとしたい。


1 COPとは国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)を批准するすべての国(締約国)が参加する会議であり, 最高の意思決定の場である.
2 国際連合食糧農業機関(FAO): Agriculture on the proving grounds Damage and loss, https://www.fao.org/resources/digital-reports/disasters-in-agriculture/en/
3 JIRCAS: Pick Up 358 プロジェクト紹介:開発途上地域を対象とした農業分野の総合的気候変動対応技術の開発, https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20210817
4 Maeda et al. (2020):https://sfamjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/1751-7915.13702(JIRCAS:国際農林水産業研究成果情報2020年, カシューナッツ殻液給与によるライシン牛からのメタン排出量削減効果, https://www.jircas.go.jp/ja/publication/research_results/2020_a01


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