2022.2 FEBRUARY 65号

前のページに戻る

Keynote 3

青森県立名久井農業高等学校による「新たな緑の革命」
(ジャパンSDGsアワードを受賞した取組)

青森県立名久井農業高等学校 非常勤講師  木村 亨

1 はじめに

 青森県立農業高等学校は昭和19年(1944年)、学校組合立青森県名久井農業学校として現在の三戸郡南部町さんのへぐんなんぶちょう(図1)に開校した。その後、昭和23年(1948年)に青森県へ移管され、現在の名久井農業高等学校が誕生している。令和3年現在、生物生産科、園芸科学科(学科改編により令和3年度をもって閉科)、環境システム科の3学科で300名弱の生徒がそれぞれの専門分野について学んでいる。

図1 南部町の位置
図1 南部町の位置


 しかし誕生当時、校舎が馬淵川という大きな川のほとりにあったため、大雨でたびたび氾濫し、「名久井水産高校」とされた。そこで昭和46年(1971年)11月、現在の高台に移転。移転当時のキャンパスは、土とコンクリートだらけで、校舎から眺める名久井岳のうるわしい姿に対し、あまりにも殺風景だったという。また強風によって圃場や校庭の砂塵が舞い、周辺地域まで風食の害を及ぼしていたことから、なんとかしようと学校をあげた緑化活動が始まった。植栽はもちろん、土壌浸食を防ぐ傾斜地や法面の保護など地道に活動を続けた結果、名久井農業高校は次第に美しい緑に囲まれたキャンパスに姿を変えて行く。そして昭和60年(1985年)、緑化推進運動功労者として内閣総理大臣賞を受賞。このようにして日本一美しいと称される緑豊かな学びが誕生したのである。

 名久井農業高校の緑化活動を端的に表した言葉に「緑育心りょくいくしん」がある。これは「緑は心を育てる」という意味で、在校生はもちろん、地域で活躍されている卒業生にとっても、今なお大切な言葉として愛されている。時代は昭和から平成、令和とかわってきたが、自然を大切にする「緑育心」の精神は、今もなお本校のアイデンティテーとして受け継がれている。

2 環境研究班の活動

(1) SDGsへの取組のきっかけ

 環境研究班は、平成27年(2015年)、農業(施設栽培)と工業を融合させて学ぶ全国でも極めてユニークな学科である「環境システム科」の研究班として、科目「課題研究」の中で誕生する。課題研究とは、生徒自らが課題を決めて農業の諸課題解決に取り組む科目で、名久井農業高校では2年次及び3年次で週4時間設定されている。現在、環境研究班の他に野菜班、果樹班など約10チームもの研究班が問題解決のため日々研究に励んでいる。

 環境研究班が結成後すぐに取り組んだのが、植物を活用した水質浄化研究である。なぜなら南部町をはじめ、八戸市などの周辺地域には都市公園があり、そこにある修景池は市民の憩いの場となっているが、その修景池にそうるいの発生による水質汚染が発生していたのである。これは周辺の農地で施用された肥料分が流れこみ、窒素やリン酸が過剰に増えたことなどが原因と考えられた。窒素やリン酸は藻類の発生原因であるが、植物にとっては栄養分である。そこで植物を池の中に設置し、過剰な養分を吸収させ浄化しようというアイデアを思いついたのである。検討の結果、選択した植物は、ツリフネソウ科の草花であるサンパチェンスであった。気孔が大きいことから蒸散力が高く、浄化効果が期待されたからである。この企画にはサンパチェンスを育成した㈱サカタのタネも全面協力を約束され、本格的な研究がスタートした。しかし陸生植物のサンパチェンスをいきなり水上に設置しては、根腐れを起こしてしまう。そこで植物生理に基づいて、苗のうちに水に浸かっても根腐れを起こさない水中根を発生させる工夫を行なった。また池沼ちしょうのアンモニア態窒素を植物が吸収しやすい硝酸態窒素に素早く変換できるように、サンパチェンスの鉢底に硝化菌を人工イクラの技術を応用し、ビーズ化して搭載した。「バイオエンジン」と名付けられた草花による水質浄化システム(図2)は、数々の工夫が功を奏し、設置した修景池の藻類発生は抑制された。設置した修景池は八戸市、南部町、五戸町ごのへまち、さらに地元の小学校や病院など10ケ所で計100鉢にものぼる。さらに春から秋まで池沼で咲き続けるサンパチェンスは美しい水辺環境を提供したことから、新聞等で水上ガーデニングとして紹介された。環境研究班が初めて取り組んだこの環境保全活動は、東京ビッグサイトで開催された全国最大級の環境イベント「エコプロダクツ」やパシフィコ横浜で開催された園芸イベント「日本フラワー&ガーデニングショウ」などで全国に紹介され、大いに話題となった。

図2 サンパチェンスによる水質浄化システムの実証試験
図2 サンパチェンスによる水質浄化システムの実証試験

(2) 開発途上国で水質浄化と食糧生産を同時に行うシステムの開発

 平成30年(2018年)、環境研究班はこの植物による水質浄化技術が開発途上国の水質浄化に応用できることに気がついた。アフリカなどの開発途上国では、化学肥料や処理されない家畜のし尿などが河川や湖沼に流れ込み、深刻な水質汚染を引き起こしているのを知ったからである。安全な水がただで手にはいる私たちには考えられない現実である。さらに途上国では食糧不足も抱えている。食糧問題解決のために作物栽培を行えば行うほど水が汚染されるという悪循環に陥っていたのである。人々を笑顔にするための農業が人々を苦しめている。これは農業を学ぶ農業高校生にとって辛い事実であった。

 そこで環境研究班は、草花のサンパチェンスを主食となるマメ類やトウモロコシにかえることで、水質浄化と食糧生産を同時に行えるのではないかと考えた。浄化や作物の生育をサポートするために彼らは、従来の硝化菌の他に、菌根菌も投入した。菌根菌は根に共生して、周辺の土壌からリン酸などを植物に供給する微生物である。学校に設置したたくさんの水槽での実験や南部町と地元農家が提供してくださった農業用のため池を使った大掛かりな試験の結果、畑で栽培するほど収量はあげられないが、水上に浮かべたイカダで十分に栽培できることを証明した(図3)。途上国の子供たちに安全な水とお腹いっぱいの食べ物を届けたい。そんな思いが実ったのである。研究成果は世界に知ってもらい、利用してもらうことに意味があると考えた環境研究班は、水の国際研究大会に応募した。その結果、この研究は2018年にストックホルム青少年水大賞の日本代表に選出された。北欧のストックホルムで自らの言葉で世界に発信した研究成果は、現地で手に入る材料だけでできる水質浄化と食糧生産を同時に行うハイブリッドシステムとして高く評価され、世界準グランプリを受賞した。そしてアイデアが世界に認められ、環境研究班は大きな自信を持つことになる。

図3 池沼で水質浄化と食糧生産を同時に行う実証試験
図3 池沼で水質浄化と食糧生産を同時に行う実証試験

(3) 農薬による環境汚染を抑制する泡農薬の開発

 環境研究班の活動はまだ続く。作物による水質浄化を世界で発表した平成30年、後輩によって別の研究がスタートした。それが開発途上国で発生している農薬による水質汚染の抑制研究である。彼らが用いたのは、液体農薬を霧状で散布するのではなく、洗顔フォームのような泡で散布するアイデアである(図4)。半年以上も実験を続けた結果、ある機能性展着剤と工業用泡洗浄機を組み合わせると、農薬が緻密な泡になることを突き止めた。また泡にすると、仮説通り、飛散距離は約4分の1に抑えられた。しかし効果は、そればかりではなかった。泡は空気を大量に含んでいるため、葉から流れ落ちずに付着し、散布した箇所が目ではっきり分かるので作業性が大幅に向上したのである。さらに散布し過ぎることがないため、少ない散布量で済むのである。実地試験の結果、これは除草剤散布にとても効果的であることがわかった。

図4 泡農薬の実用化試験
図4 泡農薬の実用化試験


 現在は展着剤ではなく、天然界面活性剤でほうまつできないか挑んでいる。泡農薬のアイデアは昔からあるが、残念ながら実用化されていない。既存の農薬と展着剤、噴霧器の組み合わせで簡単に泡になるこの研究は、まだ開発途中ではあるが、減農薬や水質保全、健康被害の抑制に貢献できることから、実用化が大いに期待されている。この技術は環境や農業系の大会で公開し、文部科学大臣賞を受賞するなど高く評価されている。

(4) 機能性集水システムの開発

 環境研究班は、次なる課題に挑戦する。それが乾燥地や半乾燥地の農業問題である。アフリカなどの乾燥地や半乾燥地では、乾季になると降水量が少ないため農業用水を十分に確保できない。また逆に雨季になると、降雨の流去水によって耕地の土壌が侵食され池沼に流れ込み、少しの降雨でも氾濫が起きやすくなっている。さらに乾燥地は、植生が少ないため栄養分の乏しい土壌が多く、作物がよく育たない。これらの地域の開発途上国では、人口増加による食糧不足もあり、深刻な問題となっている。世界で発生している食糧や環境の問題は、私たちが住む地球の問題である。そこで2019年、この問題解決に貢献できる技術開発に立ち上がった。

 ヒントにしたのは、ブルキナファソなどで用いられているザイという伝統農法である。斜面の畑に直径30cm、深さ25cmほどの穴を掘り、種子を植え付ける農法で、掘った土を谷側に盛って地面を流れてくる雨を受け止め、穴に貯水する集水技術である。しかし盛り土は風雨で崩れやすく、土壌流出の原因にもなっている。そこで彼らは盛り土の強化に取り組むことにした。

 キーテクノロジーは「」である。三和土とは土と砂を消石灰で固める日本古来の土木工法であり、かつて日本家屋の土間などに使われていた。現在はこのような住宅は少なくなっているが、幸い班員の祖父母の家にまだ残っていたため、このアイデアと出会うこととなる。しかし思ったほど簡単ではなかった。世界には、砂質土から粘質土までいろいろな種類の土がある。したがって、その多くの土を固化できないと実用化できない。また水を受け止めることになるため、水に浸っても壊れない強度が必要だからである。彼らは土と砂の体積に対して消石灰を20〜30%添加することで水にしんせきしても長期間固化させられること、また砂質土より粘質土の方が多く消石灰を必要とすることなどを突き止めていく。彼らが作った配合量の異なるサンプルは100種類以上にもなった。そして完成したのが、ブーメラン状に固化させた集水ウイングである。この集水ウイングを作物の谷側の株元に設置することで、簡易に乾燥地や半乾燥地の貴重な水を集められるのである(図5)。また小さな堤防となるため、土壌流出も大幅に抑制できることも証明した。さらに三和土の中に堆肥や草木灰を混ぜると雨で養分が徐々に染み出し、土壌に不足している窒素やリン酸を供給でき、作物の収量が増えることも実証した。三和土は数日で固化し、屋外に放置しても数年は形状を保持する。しかし叩くと簡単に壊すことができ、土としてリサイクルが可能である。コンクリートとは違うこの特徴は、開発途上国の持続的農業を維持するうえでとても便利なものである。

図5 集水ウイングによる機能性集水システムの実用化試験
図5 集水ウイングによる機能性集水システムの実用化試験


 この技術を世界に発信するため、専門家の紹介でインドとマレーシアの農園とコンタクトをとって英文の製作マニュアルを作り、本校ホームページで公開した。また2020年のストックホルム青少年水大賞の日本代表に選出され、オンラインではあるが世界の水関係者に日本の伝統的土壌固化技術の三和土と機能性集水システムを紹介した。すると、世界のたくさんの方々が現地で手に入る安価な材料で作れ、さらに簡単に取り壊しもできるユニークな農業技術に驚かれた。その結果、ストックホルム青少年水大賞で世界グランプリを受賞した。

 世界の反応は大きく、スペインなど海外からの取材を受けた。またヨルダン大使館やタンザニアの学校などからも支援の依頼が寄せられた。環境研究班の活動は、乾燥地域の開発途上国の持続可能な農業を支援する活動であったため、彼らは大いに感激した。本来ならばその年、インドなどの農園で実用化試験が行われる予定だったが、新型コロナウイルスの世界的感染拡大によって残念ながら中止となった。しかし今までの活動が認められ、2020年暮れにジャパンSDGsアワードを受賞し、環境研究班の大きな自信となっている。

(5) 現在の取組

 2021年、環境研究班は、また新たな途上国向けの農業研究に着手している。そのひとつが乾燥地の節水型塩害抑制システムの開発である。乾燥地では降雨が少ないため、灌漑農業の普及が推し進められている。しかし気温が高いため、簡易な用水路から染み出した水分や地下水が、土壌の塩類を溶かしながら蒸発するため地表付近に塩類がたまる塩類集積現象が発生しているのを知った。東北地方は東日本大震災の津波により塩害を受けたが、除塩で用いられたのが石膏を散布し、大量の水で洗い流すリーチングという技術である。しかし乾燥地で大量の水を確保することは難しい。そこで思いついたのが、地下に石灰層を埋設し、上昇してくる土壌水分が石灰層を通過する際にカルシウムを溶出させ、ナトリウムとイオン交換させるという節水型の塩害抑制の仕組み(図6)である。現在、転炉スラグなどを用いた石灰層で実験を行なっているが、塩類集積を抑制できることがわかってきた。今後、さらに研究を深め、乾燥地の持続的農業や砂漠化を防ぐ緑化のために貢献できる技術にしたいと日々努力している。

図6 節水型塩害抑制システムの実証試験
図6 節水型塩害抑制システムの実証試験


 なお本校で課題研究を学べるのは2年次からだが、環境研究班では毎年、環境研究に取り組んでみたい1年生を募集して指導を行っている。世界に起きている環境や農業の問題を知ってもらい、実際に研究を行ってみることで課題解決の意欲をもった後継者を育てようという活動である。毎年、頼もしい1年生が活動しており、今後が楽しみである。

3 最後に

 20世紀、人間は化学肥料や農薬などの開発により大幅な食糧増産に成功した。いわゆる「緑の革命(Green Revolution)」である。しかしその反面、各地に深刻な環境問題も引き起こしている。また現在は、地球温暖化もあり気候変動が激しくなり、今まで発生しなかった地域でも過乾燥、豪雨などの気象災害が多発している。農業は環境に大きく影響を受けるため、気候変動に対応する農業技術開発は急務だと考える。環境研究班が長年取り組んでいる技術は、かけがえのない水と食糧を確保する「新たな緑の革命(New Green Revolution)」と呼べるものであり、SDGsの理念に基づいた活動である。地域の環境問題解決のために始まった研究活動だが、今彼らは確実に世界の環境や農業へと目を向けている。今後もたくさんの専門家や地域の皆さんのご支援をいただきながら、「緑育心」の精神のもと、農業高校の視点からSDGsの目標達成のため活動に励んでいきたいと考えている。


前のページに戻る