特集解題

国内技術検討委員会委員長 松浦良和

 本年を初年度とする「国連 家族農業の10年」(2019─2028)がスタートした。食料安全保障の確保と貧困・飢餓の解消に大きな役割を果たす家族農業について、国連は、加盟国や関係機関などに対し、家族農業を支援する施策の推進や知見の共有などを要請している。こうしたことから、本号ではこれをテーマとして特集した。その際、「国連 家族農業の10年」については、家族農業の定義を含め、さまざまな考え方があることから、各般の執筆者に幅広く書いて頂くこととしている。

 「なぜ、家族農業なのか?」チャールズ・ボリコ氏がKey Noteでも言及している国連食糧農業機関(FAO)の資料(Family Farming Knowledge Platform “Why family farming?”)には、およそ以下のような説明がある(原文英文)。

─家族農業は、先進国でも発展途上国でも農業の主要形態となっている。世界には5億を超える家族農場が存在する。家族農業者は、小規模農業者から中規模農業者まで幅広く、農民、先住民、伝統的コミュニティ、漁民、山岳農民、牧畜民、そのほか世界中のあらゆる地域や生物相(biome)を代表する多くのグループを含んでいる。

彼らは、さまざまな農業システムの実践と伝統的作物の供給を通じて、バランスのよい食生活と生物多様性(agro-biodiversity)の維持に貢献している。家族農業者は、地域のネットワークや伝統文化に深く根ざし、彼らの収益は、多くの農業および非農業の仕事を生み出しながら、その大半が地域の市場に還元されている。

このような家族農業の特徴を踏まえ、彼らを支援する政策環境が整えば、家族農業はより生産的で持続可能なフードシステムに移行できる独自の可能性を秘めている。─

 さらに基本的データとして、次のような状況を示している。

─世界中のおよそ5億7000万の農場のうち90%以上は、個人や家族の労働力を主体として運営されており、家族農場は価格ベースで世界の食料の80%以上を生産している。また世界の農場の大多数は、小規模、あるいは極端な小規模であって、2ha以下の農場は数としては全体の84%を占めているが、使用しているのは全農地面積の12%にすぎない。一方、大規模農場のなかには家族所有のものも多い。─

 世界の家族農業が直面する課題や置かれている状況は地域毎に複雑多岐であるが、家族農業は、貧困・飢餓の解消に果たす役割をはじめSDGs(持続可能な開発目標)の実現に大きな貢献が期待されている。「国連 家族農業の10年」にエールを送りたい。以下に、各 Key Noteにつき所載順に言及していく。



なぜ今、「国連 家族農業の10年」なのか

 FAOによれば、世界の食料の8割以上が家族農業によって生産されているものの、多くの国や地域では家族農業が発展への阻害要因とも見なされ、政府による支援の機会を奪われてきたとし、貧困やジェンダー(社会的性差)による格差も、農村地域には根強く残っていると説明している。

 地球や人類全体にも大きな影響を与えている気候変動への対処や、土地・水資源の劣化や生物多様性の減少などの課題への対処をしていくためには、家族農業の持つ持続可能性と農業システムの包括性を再認識し、それを支援することが、世界の食料需要を満たし、人類が持続的発展を遂げるうえで大きな意味を持つことになると指摘している。

 FAOなどは「家族農業の10年」における行動計画を定めている。家族農家をSDGs達成における主要アクターとし、共通的で統合的な方法によって家族農家への支援を加速させることを目標としている。そのために「家族農業を強化するための実現可能な政策環境の構築」など7つの柱を掲げて、政策提言や適切な資金の配分、関連データの収集などの提案をしている。

 FAOはまた、家族農業に密接に関わるテーマとして8つの分野─農業生態学、森林農業、先住民、山岳農業、牧畜、農村地域の女性、小規模家族農家、小規模漁業・養殖業─を掲げ、それぞれの視点から家族農業の活性化を目指して取り組んでいる。



「国連 家族農業の10年」の具体化に向けて

 「国連 家族農業の10年」や2018年の「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」は、世界の実態が小農・家族農業が豊かに暮らせるようになっていることを意味するものではなく、乖離している現実を改善するために、取組を本格的に開始しようとする宣言であると指摘している。

 さらに「家族農業の10年」は、アメリカの発言力が大きい世界銀行・IMF(国際通貨基金)が、発展途上国の農村の支援に関連して進めてきた大規模農業化や流通・輸出事業の展開に対し、世界の潮流の変化を背景として、小農・家族農業を何とか守ろうとするFAOの必死の巻き返しと見ることができると説明している。

 日本における小農・家族農業の動向については、たとえば酪農において2005年から2010年という期間でみれば、小規模層の廃業率が非常に高く、また大規模層でも生産縮小や廃業が増え、廃業の分を残った経営の生産拡大ではカバーできず、総生産が減少する局面が深刻化しており、この傾向は酪農に留まらず、全ての農業分野で進行していると指摘している。

 このデータに基づいて、TPP(環太平洋連携協定)による自由化水準も踏まえて、わが国の農業構造や生産量の変容を展望すると、コメ以外の農産物は軒並み劇的な生産量減少と自給率低下が、近い将来に見込まれると推計している。このようなことから、食料安全保障、農村社会の持続的な発展、資源・環境・国土の十全の保全などの観点から、一部企業的な経営の振興という政策方向に留まらず、小規模な家族農業経営の役割を再認識し、その具体的な振興策を充実させることが必須であると指摘している。



「国連 家族農業の10年」が問いかけるもの
 ─「持続可能な社会」への移行─

 2019年を初年度とする「国連 家族農業の10年」が始まったが、これがどのような経緯で決まり、またどのような役割が日本に期待されるのかについて考察している。

 世界の農業・食料・農村政策を見直す動きは2008年頃から始まっており、2013年には国連貿易開発会議(UNCTAD)が、大規模企業的農業から小規模家族農業による「アグロエコロジー(生態系の助けを借りて営まれる農法)的農業」への転換が急務であると説いた報告書を公表するなど、基本的パラダイムが大きく転換していったと指摘している。その背景には、農薬・肥料を多投する近代農法への反省、環境問題や気候変動に対する関心の高まり、経済危機などを経た生産性・経済効率優先の価値観の見直しなどがあったとしている。

 家族農業は、SDGsに掲げられる貧困・飢餓の解消にもっとも重要な貢献ができる主体として位置づけられるほか、SDGsの17目標のうち11に貢献することが期待されると説明している。また持続可能な社会への移行が求められるなかで、家族農業がその役割を果たすためには、アグロエコロジーの実践が重要であると指摘している。

 日本は1970年代から有機農業・自然農法・産消連携などの実践を積み重ねてきたアグロエコロジー先進国であることから、世界をリードしていくことができるのではないかと期待を寄せている。



家族農業と在来種の種子保存

 家族農業の厳密な定義をめぐって時間を浪費するよりも、なぜ今、家族農業の重要性が強調されるようになったのかという大きな流れを理解することが、重要だとして議論をスタートさせている。「緑の革命」については、それまで地域の循環経済を基本に置いていた農業が、化学肥料・農薬の使用、規模拡大、大型機械の導入、遠方市場への販売の進展などのために、企業経済によって包摂化、グローバル化、金融化が進められ、食と農のシステムに大きな変化が生じたと指摘している。

 2007年、2008年に主要穀物の食料価格の急上昇で世界食料危機が起こったことを契機として、各国政府や各国際機関によって世界の食と農の在り方について検証が進められ、2010年以降、FAOをはじめとする国際機関により、小規模家族農業を基盤とする農業へシフトしていかなければ、大きな混乱を招来するとの報告や問題提起がなされた。

 「緑の革命」やその後に起った遺伝子組み換えなどによる「第2次緑の革命」に関連して、化学肥料や農薬の大量使用が生態系に大きな影響を与えているほか、企業が開発・改良した少数の品種が地域独自の多数の品種と置き換わることにより、農業と生物の多様性が失われることになり、くわえて世界のグローバル種子企業による種子の独占・寡占などが、農業生産や農家の自主性を損ない、食料安全保障にも強い影響を与えているとしている。

 ここで執筆者は、カリフォルニア大学のミゲル・アルティエリ教授が「農業に生態学の原則を適用する科学」と定義するアグロエコロジーを、①学問に加えて、②農場での実践、③農業や食の政策を変える社会運動、として広く推進すべきものとしている。小規模な家族農家の危機は世界の農業の危機であり、同時にそれは生態系の危機でもあるが、国連はアグロエコロジーの重視などにより、すでに小規模家族農業の重視に舵を切っている。わが国の農業政策や海外援助にも、同様な対応を早急に求めている。



家族経営農業と土壌の持続的利用

 アメリカ農務省の分類で12種類とされる世界の土壌は、気候・地質・地形・時間・生物(植物や人間活動)によってそれぞれ異なるが、世界各地の代表的な土壌について、土地利用や農法を勘案しつつ、家族農業や小規模農家とのマッチングを詳細に考察し、土壌と食料生産の将来方向を展望している。

 自然肥沃度をみると、東ヨーロッパ、中国東北部、北アメリカのプレーリー、南アメリカのパンパに広がる穀倉地帯のチェルノーゼム(黒土)が最良で、黄土高原の粘土集積土壌やデカン高原(インド)のひび割れ粘土質土壌も肥沃であり、暖温帯と熱帯地域にある強度に風化した強風化赤黄色土や、地質の古い南アメリカ・アフリカ大陸に分布する鉄・アルミニウム酸化物の残留したオキシソルはいずれも肥沃度が低い、と説明している。

 また日本の山地の若手土壌、台地の黒ぼく土、低地の未熟土はいずれも中程度の肥沃度で、北ヨーロッパ・北アメリカに多い泥炭土や砂漠地帯の砂漠土で農業を行うためには排水や灌漑を必要とするほか、永久凍土では寒冷気候の制約のために農業は困難としている。

 世界の農業が必ずしも持続的、安定的でないことを考えれば、食料安全保障の観点に加えて土壌の安全保障と食料自給の重要性を再認識し、創意工夫をもって自分たちの農業を行い、自分たちの土壌を守っていく国内外の小規模農家を支援していくことが重要であると指摘している。



JICA SHEP アプローチの広域展開の現状と今後
 ─普及事業における「ふつう化」を目指して─

 市場ニーズに合致した質と量の農作物を継続的に生産することが困難であった小規模農家や家族農業の課題を克服するため、ケニアでの技術協力において開発されたSHEPアプローチは、「売るために作る農業」と「農家のモチベーションを高めて継続させるための活動」を基調としている。後者には心理学の自己決定理論で提唱されている「自律性欲求(自己意志での取組)」「コンピテンス欲求(行動への手応え)」「関係性欲求(他者との良好な関係)」といった、人間が本来的に持っている3つの欲求を、的確に引出す仕組を取り入れているという。

 2019年現在、アフリカでは24か国がSHEPを実践し、2013年のTICADⅤの公約であった10か国を大幅に超えているほか、SHEPの研修などに参加し実践している行政官が9800名、農家数が11万人に達し、こうした面でもTICADの公約数であった行政官5000名、農家数5万人を大幅に上回るペースで広域化が進展しているという。

 2019年8月のTICADⅦにおいて、SHEPを活用したより良い普及事業の展開で、100万人の小規模農家の生計向上を図ることが、JICA、IFAD(国際農業開発基金)、アフリカ各国代表をはじめとする関係者によって宣言された。

 今後、小規模農家にとって、また開発プログラムを実施する全ての関係者にとって、SHEPアプローチのコンセプトが「当たり前」のものとなり、それら関係者の共同作業によって、より多くの農家が自律し、生計の向上が果たされ、ひいては地域の発展が期待されることを執筆者は願っている。

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