国際的なフードセキュリティに関する論点

農林水産政策研究所 上席主任研究官 小泉達治

1.はじめに

 国際的なフードセキュリティの概念・定義については、時代の変化とともに大きく変容しており、これまでも、最近の世界の食料問題について議論する国際会議においては、その対象範囲を中心に活発に議論が行われ、新たな局面を見せつつある。これまで、国際的なフードセキュリティに関しては、国連食糧農業機関(FAO)が概念と定義の整理を行ってきた。また、坪田(2007)は、国際的なフードセキュリティの展開とその定義について論じてきた。国際的なフードセキュリティの定義としては、食料の供給・備蓄、入手、アクセス、安定性、栄養面や保健衛生面における摂取・利用の確保を意味するFAOの定義が、もっとも代表的である。

 本稿では、我が国の「食料安全保障」1)の定義ではなく、FAOの定義による「フードセキュリティ」を対象とし、国際的なフードセキュリティの概念・定義の変遷について論じたうえで、フードセキュリティをめぐる論点について解説したい2)


2.国際的なフードセキュリティに関する国際的議論の変遷

 国際社会において、初めてフードセキュリティの概念が議論されたのは、第2次世界大戦中の1943年のホット・スプリング会議 (アメリカ)であり、「すべての人々に適切かつ持続的な食料供給を確保すること」が合意され、その対策が議論された。また、この会議では、FAOの設置も決定された。

 第2次世界大戦中は、世界中で食料不足問題が多発した。その後、アメリカ、カナダ、アルゼンチンなどの食料余剰国からの食料援助や1950年代以降の西側先進諸国を中心とする農業技術の発展、農業増産政策、そして1960年代以降の「緑の革命」による単収増加をもたらす新品種の導入などによって、大戦後、世界的な食料供給力は飛躍的に増加した。

 しかし、1972年は世界的な異常気象の影響によるアメリカや旧ソ連地域の不作によって、世界の穀物などの需給は逼迫(ひっぱく基調となり、国際穀物などの価格は翌73年に高騰した。その後、国際穀物などの価格は一時下落したものの、続く74年にはアメリカの干ばつと第1次オイルショックが重なり、再び高騰した。

 世界的に食料危機への懸念が強まるこうした状況を背景に、FAOは1973年にフードセキュリティを「生産量と価格の変動に大きく左右されることなく食料消費が着実に拡大していくことに対応し、いかなる時でも基本的食料を十分に世界的に供給できること」として提案した。翌74年にFAO主催による世界食糧会議が開催され、食料増産のための農業投資や食料需給安定のための対策が議論され、参加国の首脳および代表によって、提案は採択・承認された。こうして、フードセキュリティについては、これまで議論されてきた概念が国際社会で初めて定義されることになった。

 このように、国際的なフードセキュリティが明確に定義されたことは、各加盟国間における国際的な食料問題の対象を明確にすることによって、政策協調を一段と有効に実行できる点で大きな意義があると考える。ただし、この採択・承認という時点におけるフードセキュリティは、供給側中心の視点からの定義であるという問題点を有していた。

 一方、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン (1981)は、「ベンガル飢饉」(1943年)や「エチオピア飢饉」(1972〜73年)を考察したうえで、飢餓(Famine)の直接の理由は供給量の問題ではなく、「交換権原」(Exchange Entitlement)の悪化であると論じた。つまり、十分な食料を手に入れて飢餓を避ける能力を持つかどうかを左右するのは、権原関係全体であり、食料供給はその人の権限関係に影響を与える多くの要因の一つにすぎない(Sen 1981)。

 また、「交換権原」を決めるものは、市場を通じた権原関係だけではなく、社会保障政策の一部として国家が提供する権原がある場合、それにも依存すると論じた。このセンによる「交換権原」の議論は、国際的なフードセキュリティの議論に多大なる影響を与え、これ以降、フードセキュリティは、これまでの供給側中心の視点から需要側、とくに食料の物理的・経済的入手可能性(アクセス)に重点を当てた視点へと大きく転換した。

 こうした状況を受け、1983年のFAO世界食糧安全保障委員会において、フードセキュリティを「すべての人が、いかなるときにも、その必要とする基本食料に対し、物理的にも経済的にもアクセスできることを保障されている」と定義した。この定義では、74年の定義とは異なり、供給側から需要側の購買力までの視点が含まれていることが大きな特徴である。また、国家のみならずその構成員全員、つまり個人レベルのフードセキュリティが必要だと宣言したという点において、画期的な意味を持っている(坪田 2007)。

 さらに、1986年に世界銀行が発表した『貧困と飢え』(Poverty and Hunger)において、フードセキュリティの問題には、一時的な問題と慢性的な問題があり、構造的貧困などに起因する慢性的な問題の方がより深刻であることを主張した(The World Bank 1986)。この問題提起によって、国際的なフードセキュリティについての議論においては、構造的な貧困問題に一段の重点を置いた貧困と飢餓の問題に対応するアプローチが、多くの国連機関・国際機関でも適用されることとなった。

 そして、1990年代半ばには、世界で8億以上の人々が依然として栄養不足の状態にあることが国際社会でも問題となり、飢餓の解消に向けて緊急的に対処する必要性が生じた。こうした状況を受け、1996年にFAOは、「世界食糧サミット」をローマで開催した。この会議は、世界における飢餓と栄養不足人口を減らし、すべての人に持続可能なフードセキュリティを確保することを目的に開催された。

 同サミットでは、国際社会が2015年までに世界の栄養不足人口を半減することを主とした宣言文を、参加国の首脳および代表によって採択した。この宣言では、FAOが、フードセキュリティを「食料の供給・備蓄、入手・アクセス、安定性、栄養面や保健衛生面における摂取・利用の確保」と再定義している。このように、FAOがフードセキュリティの定義を改めて行い、供給側や需要側の購買力に加えて、嗜好および栄養面もフードセキュリティの対象にしたことには、大きな意義があると考える3)

 フードセキュリティについては、1983年時点の定義で、すべての人、つまり、世界・地域・国家・地方自治体レベル、くわえて家計レベルのみならず、個人レベルまでを対象とした。こうしたなか、たとえ「栄養のある食料を物理的にも社会的にも経済的にも入手可能である」という状況になっても、解決されえない問題である社会問題についても、フードセキュリティに含めるべきであるとの議論がFAOを中心に行われた。

 これは、地域・国家・地方自治体レベルにおいて食料が需要に見合うだけ供給されても、社会的差別や女性差別などにより、家計や個人によっては十分に食料が配分されない問題であり、とくに「ジェンダー問題」を中心に社会問題への対応が議論された。こうした議論を受けて、2001年のFAO白書『世界の食料と農業』(The State of the Food and Agriculture)においては、「社会的な入手可能性」をフードセキュリティに追加した定義を発表し、公式には2009年のFAO「世界食糧安全サミット」の宣言文が採択されることにより、合意された。

 以上のように、FAOではフードセキュリティを「すべての人が、いかなる時にも、彼らの活動的で健康的な生活を営むために必要な食生活のニーズと嗜好に合致した十分な安全で、栄養のある食料を物理的にも社会的にも経済的にも入手可能であるときに達成される」と定義し、この定義が加盟国で合意された。これが、現在の世界の食料問題について議論する国際会議で使用されている「フードセキュリティ」の定義である。

図1 フードセキュリティの4つの構成要素
図1 フードセキュリティの4つの構成要素
出 所: FAOより作成。

 このフードセキュリティには、4つの大きな構成要素がある(図1)。まず、第1に「量的充足(Availability)」である。これは、「国内生産または輸入によって供給される、適切な品質の食料の十分な量の確保」を意味する。この供給には食料援助も含まれる。第2に「物理的・経済的入手可能性(Access)」である。これは、「栄養ある適切な食料を獲得するために必要な権原への個人によるアクセス」である。第3に「適切な利用(Utilization)」である。これは、「栄養的に満足な状態を達成するために、十分な食事、清潔な水、衛生、健康管理を通じた食料の利用」を意味する。このことは、フードセキュリティにおいて、食料・農業部門以外の重要性を示唆している。第4に「安定性(Stability)」である。これは、「フードセキュリティを確保するために、いかなるときも全世帯、個人が十分な食料にアクセスできること」を意味する。とくに、偶発的ショック(気候変動による危機や経済的危機)および循環的現象(季節的な食料不安)の結果として、食料へのアクセスを失うリスクにさらされることは避けるべきことである。このため、安定性の概念は、フードセキュリティの量的充実とアクセスの両側面に関連する。

 以上のように、FAOによるフードセキュリティの概念・定義は、1974年まで供給側に焦点が当てられたが、セン(1981)の問題提起によって、83年以降は供給側から需要側へと中心的視点が転換した。さらに、96年以降は嗜好および栄養面も対象に加えられ、その定義が多様化した。


3.国際的なフードセキュリティに関する論点整理

 FAOによるフードセキュリティについては、国際的な定義として使用されているが、最近の国際社会における大きな論点として、以下の2点を論じたい。

 まず、第1の論点は、現在のFAOによるフードセキュリティの構成要素のウェイトが時代によって変化している点である。FAOの定義の構成要素である「量的充足」(Availability)は、1974年・83年・96年の時点にあっては、途上国における多くのフードセキュリティの問題のうちで最重要課題であった。世界における栄養不足人口は、1990-92年の10億1100万人から2017年の8億2080万人に減少しており、世界人口に占める栄養不足人口比率でみれば、1990-92年の18.6%から2017年には10.9%に減少した(図2)。

図2 世界の栄養不足人口と、それが世界人口に占める割合の推移
図2  世界の栄養不足人口と、それが世界人口に占める割合の推移
出 所: FAO(2018)より作成。

 しかしながら、世界における栄養不足人口および栄養不足人口比率は、1990-92年から2014年にかけては減少・低下傾向にあったが、2016年以降はわずかながらも増加・上昇しつつある。そして、現在も世界の9人に1人が飢えに苦しんでいる。とくに、サハラ以南アフリカ地域では全人口の23.2%とほぼ4人に1人が飢餓に苦しんでいる。このため、2030年までに飢餓をゼロにするという「持続可能な開発目標」(SDGs)に向けて、いっそうの対策を講じる必要があり、とくにサハラ以南アフリカ地域では飢餓解消に向けて重点的に対策を講じる必要がある。

 また、これと同時に世界では成人の肥満の問題も深刻化しており、2017年において世界の成人のうち8人に1人以上が肥満の状態であるとFAOは推計している。世界の成人人口に占める肥満人口の割合は、2000年の8.3%から2016年には13.2%に上昇傾向にある(図3)。世界で肥満人口割合が最大である地域は、北アメリカ・ヨーロッパおよびオセアニアの29.0%であり、ほぼ3.5人に1人が肥満であると推計されている。また、ラテン・アメリカ地域でも24.1%と高い。一方、アフリカおよびアジア地域における割合は低いものとなっている。このように、世界の多くの地域・国において栄養不足と肥満が共存している状況にある。

図3 世界の成人人口に占める肥満人口の割合の推移
図3 世界の成人人口に占める肥満人口の割合の推移
出 所: FAO(2018)より作成。
注:肥満(Obesity)はBMI(Body Mass Index)が30以上を対象としている。

 以上のように、多くの国レベルにおけるフードセキュリティの問題が従来の「量的充足」(Availability)から、肥満、栄養問題など「質」の問題を含む「適切な利用」(Utilization)へと変化する様相を示している。このため、途上国の多くでは、フードセキュリティの4つの構成要素のうち、「量的充足」(Availability)および「物理的・経済的入手可能性」(Access)に重点を置く地域・国から、栄養面などを考慮した「適切な利用」(Utilization)に重点に置く地域・国が増えてきているものと考えられる。このように、国際社会および、それぞれの地域・国におけるフードセキュリティの構成要素のウェイトの置き方は2000年以降、変化してきているものと考える。


 つぎに、第2の論点は、フードセキュリティと栄養問題との関係である。FAOの定義するフードセキュリティは、栄養面も対象としているが、Weingärtner(2005)等は、栄養面の改善については、農業・食料部門とは別の大きな論点であり、農業・食料部門のみの取組で解決できるものではないとし、新たにFood and Nutrition Security(以下、「FNS」)4) という概念を提案した。Weingärtner (2005)は、FNSを「すべての人が(個人レベルとして)、いかなる時も、健康的で幸福な生活を満足するために、量的、質的、社会・文化的に容認可能なレベルとしての適切な食料にアクセスでき、充足できる状態」と定義した。また、国際食料政策研究所(IFPRI)の元事務局長であるPinstrup-Anderson(2009)は、個人レベルにおける栄養状態は、水質・栄養改善などといった衛生面に依存する部分が大きく、フードセキュリティは必ずしも栄養問題の改善を保証するものではないと論じた。

 これに対して、FAOはこれまでのフードセキュリティの定義で十分に栄養問題を包含していると反論した。そして、2012年にFAOで開催された「世界食糧安全保障会議」(Committee on World Food Security)では、フードセキュリティに関する定義の統一、つまり、フードセキュリティかFNSを使用すべきかを議題として設定し、議論された。しかし、同会義では、これらの定義の統一は困難であるため、今後の課題として引き続き議論していくこととされた。この議論については、現行のフードセキュリティの定義で十分に栄養問題を包含していると主張するFAOと、FNSを提唱するIFPRIの間で議論が平行線のままの状態が現在でも続いている。


4.おわりに

 本稿では、国際的なフードセキュリティの概念・定義の変遷と論点整理を行った。国際的なフードセキュリティの定義は、1974年まで供給側に焦点が当てられたが、83年以降は、需要側へと視点が転換した。さらに、96年以降は嗜好および栄養面も対象としており、その概念・定義が多様化している。これは、時代に応じた世界の食料問題に対応すべく、FAOを中心とする国連機関などがフードセキュリティの概念・定義を「進化」させてきたことに他ならない。

 とくに、多くの国レベルにおけるフードセキュリティの問題は、従来の食料不足量といった「量」の問題から、肥満や栄養の問題といった「質」の問題へと多様化しており、FAOのフードセキュリティの定義は、こうした「質」の問題にも対応している。そして、2000年以降、FAOのフードセキュリティの4つの柱のうち、「量的充足」(Availability)および「物理的・経済的入手可能性」(Access)に重点を置く地域・国から、栄養面などを考慮した「適切な利用」(Utilization)を重点に置く地域・国が増えてきているものと考えられる。このため、今後のフードセキュリティに関する国際会議では、それぞれの地域・国における構成要素のウェイトが変化している点に十分に注意して、議論を行うことが必要である。

 また、2009年以降は、フードセキュリティではなく、FNSという新たな定義が提案され、世界の食料問題について議論する国際会議などでは、この2つの定義が併用されている状況にあり、混乱が生じているものと考える。このため、FAOを中心とする国連機関は、「世界食糧安全保障会義」などにおいて、これらの定義を再度整理していくことが必要であると考える。


<参考資料>
FAO(2006) Food Security, Policy Brief, Issue 2.
FAO (2018) The State of Food and Agriculture, Mitigation, Agriculture and Rural Development. FAO.
農林水産省「食料安全保障とは」 http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/anpo/1.html(アクセス日2019.3.16)
Pinstrup-Andersen (2009) “Food security: definition and measurement”, Food Security, pp5-7.
Sen A.(1981) Development as Freedom, Alfred A. Knopf, New York.
The World Bank (1986) Poverty and hunger, The World Bank.
坪田邦夫(2007)「フードセキュリティとは 国際的潮流」、『農業と経済』、pp5-21.
Weingärtner Lioba (2005) The Concept of Food and Nutrition Security, Achieving Food and Nutrition Security, Internationale Weiterblidung und Entwicklung gGmbH.

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