特集解題

国内技術検討委員会委員長 松浦良和

 農業農村に関する世界の新しい情報を発信するARDECは今号で60号を数えるが、実は1994年の創刊以来四半世紀を経過し、25周年という大きな節目を迎えてもいる。

 これまでの特集のテーマをキーワードを用いて分析してみると、当初は灌漑(かんがい農業、海外協力、食料、国際河川などが多かったが、20〜40号では国際協力、環境調和、地球緑化、気候変動、持続的開発、アフリカなどが増え、40号以降では生物多様性、再生可能エネルギー、レジリエンス、IT(情報通信)などの先端技術、フードバリューチェーンなどが出現しており、世界の動向や国際的な要請を反映しつつ、世界の農業農村開発について、さまざまな角度から多彩な執筆者により紹介・発信がなされてきた。

 現在、ARDECの発行部数は約3000部で、農業農村開発関連の機関・団体のほか、都道府県、大学、高等学校などにも配布しているため、技術関係者のみならず、研究者や一般の読者など幅広い層に浸透している。

 そこで、今60号では、これまで取り上げた特集のテーマをキーワードを用いて大まかに分類し、頻度の多いもの、類似のものをグループにまとめ、6つの分野として、それぞれKey Noteとして取り上げているほか、それらに通底するテーマとして「農業農村開発の潮流」を副題としている。

 上記の6つの分野は基本的に、「水と農村開発」「技術」「レジリエンス」「食料」「環境(気候変動)」「国際協力」としているが、個々のタイトルは各執筆者の裁量にお任せし、それぞれの分野の現在までの歩みや評価、将来の展開方向などについて報告して頂いている。

 これら6つの分野は、Key Noteのなかで藤原信好氏の指摘にもあるが、それぞれが必ずしも独立的(exclusive)でもなければ、網羅的(exhaustive)でもない。それは冒頭に記したように、59号までのテーマをキーワードを用いて大まかな傾向を分析したためであり、分野の決め方が「安易」だと指摘されれば、それは甘受しなければならないが、一方、それぞれの分野に重複や多出があることは、それだけ過去の号に頻繁に取り上げられたということであり、農業農村開発のなかで重要な事柄を示していると考えられる。今号では、重要性を示すことにも意味があると考えた。

 ともあれ農業農村開発において、一般的な意味で過不足のない「細分類」、あるいは「項目立て」はいかにあるべきか、藤原氏の問題提起に留意しながら、新たなARDECに向けて委員会一同検討を重ねて行きたい。

 さて、以下に各Key Noteにつき、所載順に言及していく。


国際的枠組みを踏まえた農村開発における水管理の方向

 海外における農業農村開発に関連して、「水」についての課題を国連での議論、ARDECでの特集、国際かんがい排水委員会(ICID)の方向性などから分析し、その潮流を見極めようと試みている。国際的な枠組みとして、2016年から2030年までの国連の国際目標である「持続可能な開発目標(SDGs)」を取り上げ、17項目設定されている目標のうち、水を直接的な対象としているのは目標6であるが、それ以外のすべての目標において水が密接に関わっている。

 ARDECについては、創刊後の暫くは、技術移転など農村開発に関わる課題を基本としつつ住民参加や女性・NGOの役割なども取り上げ、続く期間においては、世界的課題や国際的枠組みへの対応に加えて、アフリカの農業農村に対する協力なども取り上げ、最近はこれらに加えて、エネルギーやレジリエンスなど新しい話題が増えてきていると指摘している。

 ICIDの策定した「ICID Vision 2030」にも触れ、限られた天然資源の下で水と食料の安全保障や持続的開発に向けて、国連SDGsとも整合するよう灌漑排水の役割を見直してきている。

 そして農業農村開発における水管理については、「利害関係者(ステークホルダー)の参加と十分な関与」によって、すべての人々が「Well-being(より良い生き方)」を実感できるような仕組みの構築が必須であることを示唆している。



農業農村開発の技術を考える

 農業農村、技術、工学、文化、文明という今回のテーマに関連する用語の根源的な意味からスタートし、日本の農業農村の変貌を背景として、執筆者自身の「農業機械化前夜の農村での幸せな幼少期の体験」「東京大学での農業工学との出会いと抱いた疑問」「三重大学での研究者・教官としての体験」「数々の海外での研究調査への参画」など、豊富な実体験を踏まえながら農業農村開発の技術について考察し、今後の海外での農業農村開発の在り方や技術者の教育・育成について真摯な議論を展開している。

 とくに海外での農業農村開発を考える際には、因果の類推など「想像力」を十分に働かせて、地域の現状を正しく分析し、「どの技術を、どの順番で、誰に、普及するか」について、十分な注意を払うべきであると指摘している。

 また、日進月歩の先端技術の活用についても、4Kや8K、あるいは熱カメラなどの高性能カメラを駆使して、海外にある農場の営農管理を日本国内で行う可能性などを示唆しており、技術者教育については、農業農村のニーズと適用可能な技術の両方を知っておくことが求められるために、「農学全体の総合的な視点を持つと同時に、農業農村開発を熟知する技術者の育成」が必要であると指摘している。



レジリエンス ─理論から実践へ向けて─

 レジリエンスというと、天端を洪水が越流しても簡単には壊れない、粘り強く耐久性のある堤防などを技術者は想起すると思うが、本誌48号でも特集しているように、農業農村のみならず社会システム全体にも使われる幅広い用語である。

 本稿では、そうしたレジリエンスと関連用語についてまず定義を明確にし、その内容を事例を用いて説明するとともに、レジリエンスがシステムの維持強化に、どのように活用しうるかを説明している。

 このなかで、「レジリエンス」「特定レジリエンス」「一般レジリエンス」に加え、これと密接に関連する「変容可能性」を含めて、システムの維持強化を図っていく考え方を「レジリエンス思考(Resilience Thinking)」と呼んでいる。レジリエンスを高めるためには、特定レジリエンスによってショックとシステムの関係を明確にするとともに、想定外のショックに対してはシステムが柔軟に対応できる一般レジリエンスを備えつつ、場合によってはシステムを他の状態に移行させる変容可能性を備えることが必須の条件になるとしている。



国際的なフードセキュリティに関する論点

 国際的なフードセキュリティの概念や定義については、時代とともに大きく変化している。
 1973年に、FAOはフードセキュリティを「生産量と価格の変動に大きく左右されることなく食料消費が着実に拡大していくことに対応し、いかなる時でも基本的食料を十分に世界的に供給できること」として提案し、翌年の世界食糧会議で採択された。この時のフードセキュリティは供給側に焦点が当てられた定義であったが、ノーベル経済学賞受賞者A・センの問題提起を契機として、1983年のFAOの委員会では、供給側中心から需要側へ視点の転換がなされ、すべての個人レベルのフードセキュリティが必要であるとの定義に変更されている。

 さらに1996年以降は個人レベルの嗜好(しこうや栄養面も対象に加えられるなど、その概念・定義が多様化してきている。これはFAOを中心とする国連機関などがフードセキュリティの概念・定義を「進化」させてきたことに他ならず、FAOの定義は、「肥満」「栄養問題」といった「質」の問題にも、対応していると説明している。

 現在のフードセキュリティの4つの構成要素、即ち、量的充足(Availability)、物理的・経済的入手可能性(Access)、適切な利用(Utilization)、安定性(Stability)のうち、「量的充足」や「物理的・経済的入手可能性」に重点を置く地域・国から、栄養面を考慮した「適切な利用」に重点を置く地域・国が近年増えてきていると指摘している。



農業農村開発の文脈において「気候変動」について考える

 環境とSustainabiity(持続可能性)を基本として、国際農林水産業研究センター(JIRCAS)の気候変動対応プロジェクトの概要を説明している。

 国連食糧農業機関(FAO)の試算によれば、発展途上国が温暖化や極端な気象などの気候変動によって受ける損害・被害(2005〜2015年)のうち26%が農業分野への影響だとし、それに適応できる農業技術(適応策:Adaptation)の開発が必要なこと、また温室効果ガスを排出する側の農業は、人為起源の温室効果ガス(GHG)の24%が農林業その他土地利用からの排出と推計されることから、GHGのより少ない農業技術、あるいは土壌中に炭素を蓄積する農業技術(緩和策:Mitigation)の開発が求められるとしている。とくに緩和策の場合には、農家が対策のメリットを実感できるように要素技術を組み合わせ、パッケージ化して普及する必要性を指摘している。

 研究開発法人であるJIRCASは、研究による新事実の発見や新技術の開発がその使命であるが、近年は、それらを公知化することに留まらず、研究成果の普及に加え、実地での効果の発現・検証まで求められるようになってきているとしている。  



国際協力の「かたち」の変化 ─ARDEC創刊から今日まで─

 ARDECについて創刊(1994年)前後から現在までを、世界の動きや国際協力の変化と対照しながら概観している。世界の動きでは、ソ連の崩壊(1991年)に伴う冷戦の終結、国連ミレニアム開発目標(MDGs 2000年)、国連持続可能な開発目標(SDGs 2015年)があり、わが国の国際協力の方向については、ODA大綱の制定(1992年)、ODA大綱の改定(2003年)、開発協力大綱の制定(2017年)などがある。

 国際協力の分野で、この四半世紀の間の大きな変化について特筆すべきは、国際協力の担い手の多様化があると指摘している。国が派遣する専門家による協力が基本であった国際協力が、①地方自治体からの参加を含めた地方との連携、②東南アジア・中東・中南米のなかの新興ドナー国によるJICAの第三国研修(TCTP)プログラムの開始と連携、③草の根技術協力事業などによるNGO(非政府組織)の活動を支援するプログラム、⑤フードバリューチェーン構築など民間企業が東南アジアなどで展開するビジネスを支援する事業の開始と拡充、などに多様化している。

 また、農業分野における協力の重点がアジアからアフリカにシフトし、2014年度には全体の約45%を占めるまでになっている。アフリカ諸国への食料安全保障や栄養改善といった観点での各国の協力は今後も継続していくものと見られ、JICAがさまざまな場面でリーダーシップを発揮する機会は多いとしている。今後の農業農村開発の展望としては、リモートセンシング技術、地球観測技術などの新技術について、農業気象監視・農業活動モニタリング・事業効果評価分野などへ、いっそうの活用を示唆している。

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