水利用組織優良事例共有化ワークショップの開催(マレーシア)


 

 一般財団法人 日本水土総合研究所(JIID) 主任研究員 花田潤也


 平成30年度、(一財)日本水土総合研究所はASEAN(東南アジア諸国連合)事務局(所在地:インドネシア)から、CLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)における、水利用組織育成の政策および優良事例を調査・共有する事業を受託した。

 急速に経済が発展しているASEAN地域では、2015年にASEAN経済共同体(AEC)が設立され、「単一の市場」「競争力のある経済地域」「世界経済との統合」に加えて、ASEAN構成国間の経済的格差を是正することによる「ASEANの統合化」が重要な課題となっている。

 こうしたなかで、いずれの構成国にあっても重要な産業である農業の振興を図るために、灌漑(かんがい施設管理を強化していくことは「ASEANの統合化」の取組趣旨に適うとの考えから、本事業が企画されたところであり、各国との間で灌漑分野の協力関係を有している当研究所に対して、ASEAN事務局が事業を委託することとなったものである。

 平成31年2月25日〜28日、マレーシアのケダ州アロースター市において、CLMV諸国およびASEAN6(CLMV諸国以外のASEAN構成国)の参加の下、政策と優良事例を共有するためのワークショップを開催した。このワークショップは当研究所とマレーシアのかんがい排水委員会(MANCID:Malaysia National Committee on Irrigation and Drainage)の共同開催であり、INWEPF(国際水田・水環境ネットワーク:International Network for Water and Ecosystem in Paddy Fields)の活動にも位置づけられたものである。

 ワークショップには、CLMV諸国の中央省庁および地方機関の職員、マレーシアの政府職員および専門家、インドネシア、フィリピン、タイの水利用組織関連施策の実務担当者に加えて、ASEAN事務局、国際協力機構(JICA)の本部職員と個別専門家など、総勢52名が参加した。

 初日の2月25日、当研究所の齋藤晴美理事長の開会挨拶(管谷晋主席研究員代読)、MANCID代表のアブダラ・イスニンかんがい排水局次長およびINWEPFマレーシア代表のモハド・アミン教授による歓迎の挨拶、ASEAN事務局からの趣旨説明が行われワークショップを開会した。

写真1 優良事例の調査結果を報告する管谷主席研究員
写真1 優良事例の調査結果を報告する管谷主席研究員

 冒頭、参加者の写真・キーワードを掲載した自己紹介カードを配布し、特徴的な参加者を紹介することで、初対面である参加者同士の緊張をほぐしてからプレゼンテーション・セッションを開始した。

 まずは当研究所よりワークショップの背景、各国の水管理組織関連政策および優良事例の調査結果を報告し、次いでCLMV諸国の中央省庁職員による各国の施策の紹介、実務担当者による優良事例の発表、JICA本部によるこれまでの水利用組織支援事業の説明が行われた。

 午後には、集団による意思決定方法への理解を深める観点から、当研究所がファシリテータを務め、参加者を6人前後のグループに分けて、「洋上で遭難したときに、もっとも重要な道具は何か」を議論・決定するという対話型活動を行った。そのうえでリーダーシップ、集団心理、意思決定過程について振り返り、水利用組織という集団の意思決定の課題について議論した。

 2日目の26日には、前日に続いて当研究所がファシリテータを務め、ワールドカフェ方式(あるテーマについて、メンバーを入れ替えながら、グループ毎に議論を重ねてアイデアを整理する討論方式)の意見交換を実施した。具体的には「①水利用組織の失敗事例とその要因」、「②水利用組織の優良事例とその要因」、「③このワークショップの次のステップへの期待」をテーマとして討論を行った。

写真2 ワールドカフェ方式の意見交換
写真2 ワールドカフェ方式の意見交換

 各グループの代表者は、模造紙に貼り付けた記録をもとに対話内容を整理して発表し、①については、「末端が未整備、構成員が非協力的、組合への不信感、組合の資金不足など」が上げられ、②については、「関係者の協力、構成員の積極的な協力、教育・コミュニティ活動との連携、望ましいリーダー、定期的な会合、会計経理の透明性など」が上げられ、③については、「政府職員や農家リーダーの研修カリキュラム、農家の参加促進や水利費徴収の具体的取組について議論を深めたい」といった意見が出された。

写真3 参加者から対話内容の発表
写真3 参加者から対話内容の発表

 また、この2日目の午後にはインドネシア、フィリピン、タイ、マレーシアにおける水管理組織や優良事例に関する発表が行われた。

 続く27〜28日には、マレーシアの農業省ムダ地域農業開発機構(MADA)により現地視察が企画された。まず3日目の27日には、「マレーシアのご飯茶碗(Rice bowl)」と称される国内随一の穀倉地帯であるムダ地域の水管理システム、灌漑施設、農産加工品直売センターを視察した。

 最終日の28日は、コメ博物館を視察した後に、農家組織の水管理活動の現場を視察し、農家組織、MADAとワークショップ参加者との意見交換会を実施した。この意見交換会では、「CLMVや日本では農家から水利費を徴収して施設を維持管理しているのに対し、フィリピンとマレーシアでは政府資金だけで維持管理している」、「マレーシアやCLMVでは水利用組織が農業協同組合の機能を兼ねているのに対し、日本では水利用組織(土地改良区)と農業協同組合が別団体である」などの情報交換が行われた。社会的・歴史的経緯が各国で異なることから、ある国の優良事例がそのまま別の国に適用できるとは限らず、他国を参考にしつつも各国の実情に応じた政策を進めていくことの重要性を改めて確認し、意見交換会は閉会した。

写真4 ワークショップ参加者の集合写真
写真4 ワークショップ参加者の集合写真

 終了後のアンケートでは、「今回のワークショップの経験が、今後の職務に役立ちますか」という5段階評価の質問に対し、69%の参加者が最高評価である「間違いなく役立つ」、31%の参加者が2番目の評価である「役立つ」と回答し、「お互いの国の水利用政策について意見交換し多くを学べた」、「対話型活動によって、他国の職員と多くの情報交換ができ刺激を受けた」などの意見が寄せられた。

 当研究所が取りまとめた情報やワークショップで共有された経験・知見が、CLMV諸国などにおける水管理・水効率の改善と能力向上に資することを期待するとともに、今後ともINWEPFやICIDなどの国際ネットワークを活用しながら、ASEAN地域の農業農村開発に貢献してまいりたい。

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