灌漑プロジェクトの成否の要因
─フィリピン・ボホール州の灌漑プロジェクトの事例より─

亜細亜大学国際関係学部 教授 角田宇子

1.灌漑システムの成功事例と不成功事例の概要

 発展途上国の灌漑(かんがいプロジェクトで参加型灌漑管理(Participatory Irrigation Management:以下、PIM)が提唱されて久しいが、多くのプロジェクトにおいて、PIMはあまり成功しているといえない。せっかく建設した灌漑システムが、的確に運営されないのは残念なことである。灌漑プロジェクトが成功する要因とは、どのようなものだろうか。

 本稿ではフィリピンのボホール州の2つの灌漑システムの事例を基に、灌漑システムの成否の要因について考えてみたい。成功事例としてはブサオ共同灌漑システム(Communal Irrigation System:以下、ブサオCIS)のBATS水利組合、不成功事例としてA灌漑システム(仮称)のB水利組合(仮称)を挙げる。


(1)成功事例:ブサオCISのBATS水利組合の概要

 ブサオCISはフィリピンのボホール島にあり、州都タグビララン市から14km、車で30分程の距離にある。灌漑面積は26haと小規模であり、水源である天然の泉から4kmの幹線水路がつながり、田越灌漑を行っている。その用水量は、雨期・乾期とも十分にある。ブサオCISは1972年に中国人の商人によって建設され、その時点からの取決めで受益農家は「収穫米の10%」を水利費として支払うことになっている。84年には、フィリピンの国家灌漑庁(National Irrigation Administration:以下、 NIA)のリハビリ工事を契機に、BATS水利組合が結成された。上流から、サントロサリオ(ビタウガンの住民1名を含む)、トリル、ブサオ、アガハイという4つのバランガイ(村落)にまたがり、水利組合メンバーは145名(1998年2月時点)である。

 BATS水利組合は強固な水利組合であり、NIAボホール事務所管轄下の31か所のCIS(同時点)のうち、唯一、水利費徴収率が100%である。また、用水量が豊富であり、末端まで公平な水配分がなされている。水利施設(取水口、幹線水路)の維持管理は、水利組合によって自主的になされている。紛争はほとんど生じていないが、生じた場合も水利組合内部で解決されている。

 くわえて、外部との十分な交渉能力を持ち、外部機関(NIA、郡、州政府、国会議員、日本大使館など)から、多くの支援を得ることに成功している。こうした運営が評価され、2003年にはNIA第7地域事務所から第7地域における「最優秀水利組合」として表彰されている。


(2)不成功事例:A灌漑システムのB水利組合の概要

 A灌漑システムは同じタグビララン市から125km、車で3時間程の距離にある。計画灌漑面積は750haであったが、実灌漑面積は530haである。灌漑システムはダム、3.1kmの幹線水路(コンクリート水路)、4本の支線水路(土水路)、三次水路、圃場(ほおう水路からなる。ダムの有効貯水量は340万m3である。この灌漑システムでは、1992年にNIAがPIMアプローチを用いて、4つの水利組合(仮称:B, C, D, E)を組織化し、灌漑受益者は約800名である。1999〜2003年まで、日本政府による技術協力プロジェクトが実施され、水利組合の強化活動が行われた。

 A灌漑システムにおいては灌漑管理移管(IMT: Irrigation Management Transfer)が実施され、NIAとの契約の下、水利組合は支線水路以下の水利費徴収・清掃・水管理を委託されていた。また、総会・役員会合を開催することになっていた。

 本稿では4つの水利組合のなかで、最上流に位置しているために、全体としては十分な用水量を持つB水利組合に焦点を当てる。その灌漑面積は149.5haであり、3つの支線水路(Lateral、仮称:LB1, LB2, LB)と幹線水路によって灌漑されている。受益農家は242名(2000年時点)であるが、そのうち水利組合メンバーは152名に過ぎない。B水利組合は7つの灌漑農家グループ(Farmers Irrigation Group:以下、FIG)に細分化されている。行政的には、2つのバランガイ(仮称:Z, P)にまたがり、さらにバランガイZのなかには2つの政治的派閥が存在しているために、3つの社会的サブ集団が存在していたといえる。

 B水利組合は先にも述べたように、全体では用水量は足りていたが、不公平な水配分がなされ、上流・下流の格差が存在していた。

 水利費徴収率は47%(2003年時点)と低い。水利施設(支線水路)の清掃は、当初、水利組合メンバーの無償の共同労働によって実施されていたが、参加状況が悪く、水路の維持管理が不十分であったために、後に雇用労働に切り替えた。

 しかし、依然として盗水や水争いが生じていた。不活発な役員が存在し、また不正や水利費を支払わないフリーライダーが放置され、問題が未解決のままであった。実態として、こうした問題はB水利組合に限ったことではなく、フィリピンの多くの灌漑システムで存在する。


2.灌漑システム管理の理論

 オストロム(Ostrom, E)とフリーマン(Freeman, D)が、それぞれ灌漑システムの管理が成功する条件を挙げている。

 オストロムの研究は灌漑システムだけではなく、地域住民によって長期にわたり自主的に管理されている、地域社会の共有資源(Common−pool resource:以下、CPR)に関する管理が成功する条件を明らかにしたものである(オストロムは、この研究によって、2009年にノーベル経済学賞を受賞した)。オストロムによれば、世界には共有林・放牧地・沿岸部水産資源など、さまざまなタイプのCPRが存在するが、政府の支援を借りなくても、地域住民のみによって、数世代にもわたって安定的に運営されているものがある。そうした成功しているCPR管理組織は、表1に示される8つの条件を備えている。

表1 Ostromによる「永続する共有資源管理組織の条件」
組織の明確な範囲:共有資源の範囲が明確であり、共有資源にアクセスできるメンバーシップが明確に定まっている。
便益と負担の連動:受益者の得る便益は受益者の負担に応じて定められ、またそれらの規則は現地の状況に適合したものである。
運営規則修正への参加:運営規則が適用される個人の大半が、運営規則の修正に参加できる。
監視:共有資源の状況と受益者の行動を監視している監視者は受益者自身であるか、受益者に説明責任を負う。
段階的な制裁:運営規則を破った受益者は、段階的な制裁によって、受益者または受益者を代表する役職者により処罰される。
紛争解決能力:受益者間、あるいは受益者と役職者間の紛争が、低コストで地元の領域で速やかに解決できる。
組織化の権利の保証:受益者が自らの組織を作る権利は、外部の政府機関から正当性を問われるものではない。
組織の多層化:より大きなシステムの一部である共有資源管理組織の場合、資源の割当・負担・監視・強制・紛争解決・運営活動は多層化された組織体制によって実施される。
出 所 : Ostrom, E., Governing the Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action, Cambridge University Press (New York), 1990, p90.

 一方、これらの条件を備えていない組織においては、組織の規則を破り、組織のメンバーとしての義務を怠ったまま、不当に資源を獲得するフリーライダーを排除できず、組織の衰退・機能停止を招く。その結果、CPRそのものの劣化・枯渇を招く。灌漑システムの場合であれば、灌漑施設の劣化、用水の不足・末端不達という状況を引き起こし、灌漑プロジェクトは失敗してしまう。したがって、永続的なCPR管理を行うためには、フリーライダーの排除が不可欠になる。オストロムはCPR管理組織が安定的に運営されていくためには、各メンバーが「自分は、他のメンバーよりも不当に多くの負担をさせられていない(他のメンバーによって、(だまされてはいない)」という、公平感を持つことが重要であると指摘している。

 フリーマンの灌漑用水の割当制度とは、オストロムのCPR管理理論の灌漑システム版といってよいものである。フリーマンは、灌漑システムが成功するために、水利用者組織(Water Users Association:以下、WUA)が備えるべき6つの条件を挙げている(表2)。

表2 Freemanによる「効果的な灌漑システムのWUAが持つべき条件」
リーダーの属性:リーダーがコスモポリタンでなく、地元住民から選出されている。
リーダーと職員の責任:リーダーと職員が中央政府でなく、地元のメンバーに責任を負う。
水配分と負担の連動:用水配分が受益者の果たす義務に応じて与えられる。=割当制度
上流と下流との格差の是正:用水配分において、上流・下流の格差が是正されている。=割当制度
水資源管理能力:メンバーが水資源を制御する度合いが高い。
メンバーの組織の支持:メンバーが地元の組織を支持する傾向が強い。
出 所 : Freeman, D., Local Organization for Social Development: Concepts and Cases of Irrigation Organization. Westview Press (Boulder), 1989, p. 25. を、Lepper, T., Reregulating the Flows of the Arkansas River: Comparing Forms of Common Pool Resource Organizations. Dissertation for the Degree of Doctor of Philosophy, Colorado State University (Fort Collins), 2007, p50. およびFreeman, D., Personal conversation by e mail on August 27, 2009. に基づき、筆者一部改訂。

 フリーマンによれば、灌漑システムが成功するためには、受益者間で公平感が保たれていることが肝要である。公平な灌漑運営を行うためには、表2の6つの条件、とくに灌漑用水の割当制度(表2の3と4)が不可欠であり(なお、フリーマンの表2の3はオストロムの表1の2に相当すると考えられる)、WUA成功のための中核と位置付けられている。割当制度には①用水の割当、②負担の割当、③発言権の割当という、3つの側面があり、①上流と下流との間の水配分の格差が是正され、同面積であれば下流でも同量の用水が配分されている、②受益者の負担に応じて水配分が決められている(多くを取水する受益者は、その分に応じた追加的負担を支払う)、③受益者の負担に応じて発言権が与えられている(負担の多い受益者は発言権も大きくなる)という運営規則が必要である。たとえば、全用水量の15%を割り当てられている受益者は、灌漑システムの運営費用の15%を負担し、WUAの運営に関しては15%の発言権(投票権)を持つ。つまり、割当制度が導入されている灌漑システムでは、受益者の用水割当と負担割当と発言権割当が連動している。

 フリーマンによれば、受益者間に公平感が保たれるためには、各受益者が受取る用水量と負担(水利費、労働提供など)がメンバーに周知される必要がある。つまり、割当制度導入には従量制導入が必要となる。また、灌漑施設を各個人の圃場レベルまで設計することが求められる。複数の灌漑受益者が取水口を共有し、だれが、どれだけ用水を使用したのか曖昧であるような灌漑施設では、負担感が大きい受益者の不満を招き、WUAからの離脱を招くことになる。

 なお、世界には運営が成功している伝統的な灌漑システム(たとえば、フィリピンのサンヘラ灌漑システム、インドネシアのバリのスバック灌漑システムなど)や近代的な灌漑システム(アメリカのコロラド州のNew Cache La Poudre Irrigation Companyなど)が存在しているが、これらの灌漑システムに共通するのは、フリーマンの割当制度の存在であると考えられる。これらの灌漑システムでは、各水利組合メンバーが取水する用水量が計量されており、メンバーの受取る用水量はメンバーの水利費負担額によって決まっている。また、同一水利組合のメンバーであれば、上流でも下流でも同量の用水を受取れる施設設計になっている。このために、下流部のメンバーが不満を抱かず、水利組合メンバー間で公平感が保たれている。

 日本の土地改良区も、灌漑システムの世界的な成功例であると評価されている。土地改良区では一般的に水利費を面積割で徴収しているが、末端における用水量不足という事態を除けば、上流と下流で単位面積当たり同量の取水が可能であるために、実態としては取水量に応じて負担をする(面積が大きい農家は多く払う)という割当制度が成立していると考えられる。


3.成功事例と不成功事例の割当制度の相違点

 ここまでは、灌漑システムの運営が成功するための条件について述べた。ここからは、成功条件のなかでも、とくにフリーマンが灌漑運営の中核と位置付ける割当制度に焦点を当て、成功事例と不成功事例における割当制度をみてみよう。


(1)成功事例:BATS水利組合の割当制度

 先に示した成功事例のBATS水利組合では、割当制度が存在していると考えられる。すなわち、各受益者の水配分と負担と発言権が連動しており、上流・下流の格差が是正されていると考えられる。ここでは、「公平感」の基軸ともいえる「負担」から始める。

①メンバーの負担=水利費支払

 水利費は「収穫米の10%」とされているが、これは従量制の変形と考えられる。コメの収穫量には肥料・病虫害・日照など、さまざまな要因が影響するが、組合のメンバー間では、一般的に用水量が十分にあれば収穫量は増加するが、不足していれば減少するために、「収穫米の10%」という水利費は各メンバーが得た用水量にほぼ準じるものと考えられている。

 水利費の徴収方法も独特である。収穫時に水利組合の水管理人が圃場に行き、メンバー・稲刈労働者(Tinakin)・水利組合倉庫番の立会いの下、「収穫米の10%」を水利費として、その場で徴収している。この方法によって、水利費の徴収率100%を達成し、水利費を払わないで用水を獲得するフリーライダーの発生を防いでいる。

②水配分

 水配分については、水利組合では乾期の下流部での水不足を解消するために、外部の支援(1999年には日本大使館の草の根無償資金協力、2005年にはNIA)を導入して、幹線水路のコンクリート化工事を実施したので、末端まで十分な用水量が到達し、水不足が解消された。日常的には水管理人を雇用し、毎日、水路の監視と清掃に当たらせ、水不足が発生しないようにしている。これによって、上流から下流まで公平な水配分が実現している。

③発言権の割当

 発言権の割当については、BATS水利組合の役員は4つのバランガイ(サントロサリオ、トリル、ブサオ、アガハイ)から選出されているが、役員の人数は各バランガイの水利組合メンバーの人数に対応している。1998年時点でサントロサリオ、トリル、ブサオ、アガハイの受益者数はそれぞれ16名・33名・70名・26名であるが、それは受益者145名の11%・23%・48%・18% に相当する。一方、15名の役員の実際の人数はそれぞれ2名・4名・6名・3名となっており、これは役員全体の13%・27%・40%・20%となっている。すなわち、負担の多いバランガイほど、発言権が大きくなっており、メンバーの負担と発言権が連動している。メンバーの要望は、各バランガイの発言権の割当に応じて水利組合のなかで採択されるようになっており、メンバー間で公平感が保たれる仕組みになっている。すなわち、負担の少ないバランガイ(とくに上流部)が多くの便益(用水)を得る、といった不公平感がメンバー間に生じないといえる。


(2)成功事例:BATS水利組合の割当制度

 一方、不成功事例のB水利組合では、割当制度が存在していないと考えられる。すなわち、各受益者の水配分と負担と発言権が連動しておらず、また上流・下流の格差も是正されていないと考えられる。

①メンバーの負担=水利費支払

 水利費はフィリピンの一般的な灌漑システムと同様に面積割であって、1ha当たり籾米(もみごめ125kg相当の現金(2002年時点)とされ、水配分の割当と連動していなかった。これは、水不足が生じている下流部のメンバーにとっては、相対的に高い水利費を支払うことになり、不公平な制度であった。

 水利費の徴収方法は、水利費徴収人(役員)が戸別訪問して現金を受領するというものであったが、上流で十分に用水を得ているメンバーのなかにも、水利費の不払者や不完全払者、すなわちフリーライダーが存在していた。また、水利組合長(バランガイZ、上流のFIG2の農家)は「自分のFIG2のメンバーに、水利費免除の便宜を与えている」という噂が流れていた。さらに、徴収人による水利費の着服という不正も生じていた。

 B水利組合の規約では、規約の違反者(水利費不払者や水利費着服者)に対しては送水停止の制裁を科すことにしていたが、A灌漑システムでは複数のメンバーが取水口を共有し、田越灌漑をしているために、違反者の取水口を閉鎖すると下流の他のメンバーに悪影響を与えてしまうことになるので、実際にはこの制裁を適用することができなかった。このために、フリーライダーは排除されないどころか、かえって横行してしまった。メンバーが水利費を支払う動機付けは低下していき、水利費の徴収率はプロジェクト開始直後の2000年は74%と高かったが、03年には47%へと低下してしまった。

 B水利組合では、上流部のメンバーは水利費を支払わなくても用水を得られる一方で、下流部のメンバーは水利費を支払っても用水が得られない状況であった。

②水配分

 組合では全体としては十分な用水量があったが、組合内部での水配分は不公平であった。上流部のLB1・LB2(FIG1, 2, 3)では十分な用水量があった。一方、下流部のLB(FIG5,6)では、土水路による漏水と上流部での盗水によって、水不足が生じていた。また、幹線水路沿い(FIG4,7)の受益者は圃場水路がないために、田越灌漑を行っており、下流で水不足が生じていた。また、圃場ごとの水口がなく、取水口が共有されているために、下流部では水争いが頻発していた。

 水不足が生じるメンバーは水利組合とNIAに改善を訴えていたが、解決されないままであった。こうして上流・下流の格差は是正されず、下流部に不利な水配分が続けられた。

③発言権の割当

 発言権の割当を灌漑受益面積比でみると、各FIGからの役員の人数の配分は不公平であった。灌漑受益面積の比率をみると、上流のFIG1からFIG7まで、それぞれ全体の16%・14%・14%・21%・18%・10%・7%となっているが、2001年時点での役員13名の配分は、それぞれ2名・3名・1名・2名・2名・1名・2名であり、これは人数比では15%・23%・8%・15%・15%・8%・15%となっている。すなわち水利組合長の出身地であるFIG2からは、本来の割当以上の人数を選出している。一方、FIG3,4,5,6では割当より少ない人数となっている。

 このような状況は、灌漑システムの運営に影響したと考えられる。すなわち、下流部で不満や要望(水不足の解消など)があっても、その訴えが水利組合運営のなかで取り上げられず、水利組合長を中心とする上流部のメンバーにとって有利な水利組合運営が行われていった。これは、B水利組合が不公平な水配分を是正できない原因の一つと考えられる。このために、下流部メンバーに不公平感が生じた。この結果、バランガイZ内の派閥対立を悪化させ、ついには反対派閥のFIG5出身の書記の辞任を招いた。また、バランガイPの役員は非協力的になっていったと考えられる。


4.まとめ

 BATS水利組合の運営の成功の要因としては、有能なリーダーである水利組合長の存在が大きい。しかし、水利組合長がすべてのメンバーのために公平な水配分を心掛け、水利費徴収率100%を維持していく動機付けになっているのは、割当制度の存在であると考えられる。すなわち、健全で安定的な水利組合運営のためには、水利費を確実に多く徴収する必要がある。水利費は「収穫米の10%」であるために、もし下流部で水不足があれば、水利組合に入る水利費が減少してしまう。このために、水利組合長は末端までの公平な水配分に腐心する必要があった。

 このように、BATS水利組合では割当制度が存在し、負担と水配分と発言権が連動しており、水配分においても上流・下流の格差が是正されているために、紛争が少なく、水利費徴収率100%を達成できるなど、メンバーが水利組合活動に協力的となり、長期にわたる安定的な水利組合運営が可能となっていると考えられる。

 一方、割当制度が存在していないB水利組合では、水利組合が徴収する水利費は面積割であるために、下流部で水不足があっても水利組合の収入に変化がない。このために、水利組合としては用水路の改善を図ろうという動機付けが働かない。とくに、B水利組合では組合長が常に上流部の出身者であったために、下流部メンバーから水不足を訴えられても、真剣に問題を解決しようという動機付けが薄かったと考えられる。このために、上流・下流の格差が是正されないままになっていたといえる。

 割当制度が存在しないために、メンバーの負担と水配分と発言権の割当が連動していない。下流部のメンバーは負担をしても、十分な用水量を得られず、発言権も不足しているという不公平な制度が温存された。そのような状況下で、水不足のない上流部のメンバーのみ活発で組合長を支持するが、水不足の生じているメンバーは水利組合活動に非協力的になっていった。よって、B水利組合ではA灌漑システムの最上流に位置し、十分な用水量がありながら、水利組合運営を成功させられなかったと考えられる。

 以上、受益面積等の規模は異なるが、2つの事例でみてきたように、灌漑システムの運営を成功させるためには、割当制度の存在が不可欠であるといえるだろう。


<参考資料>
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Freeman, D., Personal conversation by e mail on August 27, 2009.
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Lepper, T., Reregulating the Flows of the Arkansas River: Comparing Forms of Common Pool Resource Organizations. Dissertation for the Degree of Doctor of Philosophy, Colorado State University (Fort Collins), 2007.
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角田宇子, 「フィリピン・ボホール州灌漑システムにおける水利組合組織強化活動の成果とその評価」『亜細亜大学アジア研究所紀要』第36号, 2010年3月, 193-249ページ
角田宇子, 「参加型灌漑管理(PIM)の成果‐フィリピン・ボホール州の2つの灌漑システムの事例から‐」『亜細亜大学国際関係紀要』第20巻第1・2号合併号, 2011年, 289-335ページ
角田宇子, 「アジアの灌漑開発の経験をアフリカに活かす‐フィリピン・ブサオ小規模灌漑システムの成功要因」『熱帯農業研究』第10巻第1号, 2017年, 19-23ページ
杉本幸雄, 『平成13年度ボホール総合農業振興計画水管理分野専門家報告書(長期)』国際協力事業団, 2001年

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