ケニアにおける
コメのバリューチェーンを考慮した
農業農村開発

一般財団法人 日本水土総合研究所(JIID) 前総括技術監 角田 豊

1.はじめに

 ケニアのコメ事情について本誌の第57号(2017年12月発行)にて紹介したが、本稿では、当研究所(JIID)が2016年度〜17年度の2年間にわたって実施しているコメのフードバリューチェーンを考慮した、ケニアの農業農村開発調査について報告する。

 世界的な食料需要の増大と食市場の拡大に対応して、食料の生産から市場までをつなぐフードバリューチェーンの各段階(生産、加工・流通、消費)の連携と付加価値の向上によって、農家の所得増大と食産業の発展を目指す政策が重視されている。わが国では、2013年にフードバリューチェーン戦略を策定し、政府開発援助(ODA)と民間投資を効果的に組み合わせ、各国・各地域の実情に即した協力・投資を推進していくこととしている。

 TICAD(アフリカ開発に関する東京国際会議)は、わが国のアフリカ対話の柱であり、2016年、その第6回が初めてのアフリカにおける開催として、ケニアの首都ナイロビで行われた。アフリカ53か国の首脳らと安倍首相が出席し、農業分野では「持続可能な生産性向上」や「バリューチェーンの構築」が、ナイロビ宣言およびナイロビ実施計画において位置付けられた。


2.ケニアの農業

 ケニアは、人口4970万人(国連経済社会局、2017年)、1人当たり国民所得1380ドル(世界銀行、2016年)という東アフリカの重要国である。サブサハラ(サハラ砂漠以南)・アフリカにあっては、わが国最大のODA供与国であり、また日系企業の進出は52社(外務省、2016年)を数える。インド洋に面したモンバサ港から首都ナイロビを経由し、ウガンダに至る幹線道路は北部回廊と呼ばれ、東アフリカの経済・物流の中核をなしている。

 同国は国内総生産の30%、労働人口の60%が農業セクターにあり、農業を基幹経済としている。コーヒー、紅茶、果樹、野菜などの商品作物を輸出する一方で、主要穀物は輸入に依存している。ケニア人の主食は「ウガリ」(メイズの粉をゆでて固めたもの)であるが、近年、コムギやコメの消費が伸びている。とくに、コメは第57号にて紹介したとおり、都市部での需要が大きく伸びてきている。

 ケニア政府は、食料安全保障の観点から、主要穀物の自給達成を目指している。とくにコメは、2015年の生産量10万3000tに対し消費量は56万1000t(Economic Survey 2016、いずれも精米ベース)で45万9000tを輸入、自給率は18.4%に留まっている。同政府は、30年までにコメの自給を達成する目標を掲げており(ビジョン 2030:Vision 2030)、コメの生産拡大とバリューチェーンの構築は急務となっている。


3.コメのバリューチェーンの現状

 ケニアにおけるコメの主産地は、中部のケニア山南麓にあるムエア地域と西部のビクトリア湖沿岸地域である。同国のコメ生産量に占める割合は、それぞれ約6割と約3割に及び、残りの1割は東部のタナ川流域で生産されている。
 こうした状況からJIIDでは、この2地域をコメのバリューチェーンの調査対象地域として選定した(図1)。

図1 調査対象地域位置図
図1 調査対象地域位置図

 


(1)ムエア地域

 ムエア地域は、首都ナイロビの北方約100㎞に位置し、同国の最高峰であるケニア山(標高5199m)の南麓に広がる標高約1000mの平坦地である。低地の土壌は、ブラック・コットン・ソイルと呼ばれる黒色粘土で、吸水性が高く、水田に適している。1950年代にニャミンディ川とティバ川から水を引く灌漑(かんがい開発が始まり、NIB(National Irrigation Board:国家灌漑公社)によって、区画整理された5860haの水田が整備され、1戸当たりで4エーカー(約1.6ha)という規模で入植が進んだ。

 1980年代後半から、わが国の協力が開始され、無償資金協力による灌漑施設の改修とMIAD(Mwea Irrigation Agriculture Development Centre:ムエア灌漑農業開発センター)の設立、さらに1991〜98年にかけては、灌漑稲作に関する技術協力が実施された。90年代後半、生産米買上げや灌漑施設管理においてNIBと農家の対立が強まり、協力関係が極端に悪化し、生産は著しく停滞した。しかし、2003年からは農民参加型水管理が導入されて、NIBとMIWUA(Mwea Irrigation Water Users’ Association:ムエア灌漑水利用者組合)とが、役割を分担するかたちで運営されている。

 現在、円借款によるティバダムの建設と灌漑地域の拡張事業が行われている。また、2012〜17年にかけては、国際協力機構(JICA)による技術協力「稲作を中心とした市場志向農業推進事業(RiceMAPP:Rice-based and Market-oriented Agriculture Promotion Project)」が実施され、水田農業の多様化、節水栽培技術の普及が図られ、ケニアにおける稲作農業の中核的地位を確固なものとしている(図2)。

図2 ムエア地域平面図
図2 ムエア地域平面図

 ここでムエア地域の生産、加工・流通、消費に至るコメのバリューチェーンの概要を述べる。

 「生産」では、農家による自己開田を含め8800haの水田とNIBによる灌漑システムを有し、価格の高いバスマティ米(インディカ種の香り米で、ケニアではピショリ米と呼ばれる)を生産している。慢性的な用水不足と相続による農地の細分化が課題であり、新たな畑作物の導入による「コメ+α」の二毛作化での農家所得の増大が必要である。なお、種子の供給はMIAD、肥料・農薬などの農業資材や農業機械サービスはMRGM(Mwea Rice Growers Multipurpose Cooperative Society Ltd:ムエア・コメ生産者組合)を中心に行われている。

 「加工・流通」では、コメ農家は貯蔵施設を有しておらず、また運搬手段が十分でないため、市場の価格動向を見ながら、優利な出荷をすることが難しい。このため、仲買人が農家を回って(もみ米を集荷し、民間の精米施設に持ち込んで流通ルートに乗せている。ムエア地域には大小約150か所もの精米施設があるが、なおも次々と民間の精米施設が新設され、活況を呈している。

 一方、NIB直属のムエア精米施設(MRM)やMRGMの運営する精米施設は大きな処理能力(5t/時)を有しながら、十分な集荷ができていない状況にある。農家が市場の価格動向を見ながら、出荷調整できるようなコメの集荷システムの改善の余地は大きい。

 「消費」では、コメは、地域の人々の主食であり、首都ナイロビに限らず、ワングル郡やエンブ郡でも、スーパーなどで広く販売されている。ピショリ米は150〜200ケニアシリング/kg(1ケニアシリング゙≒1円)で販売され、一般のインディカ種(IR種)や輸入米に対し、5割以上の高値となっている。また、ナイロビの日本食店や食材店ではジャポニカ米の需要があり、そのほとんどが輸入されている現状から、MIADで試験的に栽培されているジャポニカ米の生産拡大とバリューチェーンの開発も有望であると考えられる。


(2)ビクトリア湖沿岸地域

 ケニアの国土面積5826万haの80%以上は乾燥・半乾燥地域にある。灌漑可能面積は134万haとされているが、現時点での灌漑面積は18万ha(灌漑可能面積に対する灌漑開発率13%)に留まっている。ムエアに次ぐコメの生産地であるビクトリア湖流域では灌漑可能面積32万7000haに対し、灌漑面積は2万4000ha(灌漑開発率7%)に留まっており、今後の灌漑開発とコメ増産のポテンシャルの高い地域である。 ビクトリア湖沿岸の行政組織は、北から時計回りにブシア、シアヤ、キスム、ホマベイ、ミゴリの5郡からなり、ゾイア川、ヤラ川、ニャンド川、ソンドゥ川、クジャ川の5大河川がビクトリア湖に注ぎ、こうした河川沿いの平坦部は粘質土壌で水田に適している。

 この地域の水田開発は1960年代〜70年代にかけてNIBによって行われた。キスム郡の「アへロ灌漑計画」はニャンド川からのポンプ取水で867haを灌漑、1968年完成である。「ウエストカノ灌漑計画」はビクトリア湖からのポンプ取水で892haを灌漑、75年完成である。ブシア郡の「ブニャラ灌漑計画」は、ゾイア川からのポンプ取水で214haを灌漑、69年完成であるが、その後、農家自己開田386ha(区画整理なし)を加え600haとなっている(図3)。

図3 ビクトリア湖沿岸地域位置図
図3 ビクトリア湖沿岸地域位置図

 ビクトリア湖沿岸地域におけるコメのバリューチェーンを概観すると、ムエア地域に比べて著しく遅れが目立っている。

 「生産」では、NIBの3事業は、いずれもポンプ取水で維持管理コストが高く、施設の老朽化が著しい。上記の主要3事業以外には、キスム郡のサウスウエストカノ灌漑計画のように郡政府や地域コミュニティとの共同事業や小規模事業があるが、いずれも用水不足と施設の老朽化という課題を抱えている。既存施設のリハビリテーションとともに、新規の灌漑開発が必要である。コメの品種はバスマティ米では、いもち病害が強く懸念されるために、価格の安いIR種(非香り米)が主流である。コメ生産者組合が十分に育っておらず、種子の供給、肥料・農薬、農業機械サービスの提供も十分ではない。

 「加工・流通」では、コメの集荷システムが未発達なため、ウガンダの仲買人が農家からコメを買い集め、大半がウガンダに流出していることが最大の課題である。精米施設は、LBDA(Lake Basin Development Authority:ビクトリア湖流域開発公社)付属の精米会社(LBDC)とNIB付属のウェストケニア精米所(WKRM)の2か所に限られ、処理能力はいずれも3.5t/時を有するが、コメの集荷ができないため、稼働率は40%に留まっている。精米機はヨーロッパ製で古く、修理部品の入手も困難なために、施設の全面的な更新が必要である。

 「消費」では、価格の低い非香り米のIR種が主体である。この地域の主食は伝統的な「ウガリ」であり、コメは商品作物としての意味合いが強い。今後、地域ブランドの確立をはじめ、マーケット戦略の確立が必要である。


4.バリューチェーンを考慮した農業農村開発

 こうしたバリューチェーンの現状を踏まえ、ムエア地域においては水田農業の付加価値の向上を、ビクトリア湖沿岸地域においては灌漑開発計画の提案をするためのベースとなる調査を実施中(2018年1月時点)であり、その概要を紹介する。


(1)ムエア地域

 ムエア地域においては、一定の灌漑インフラは整備されているので、水田農業の付加価値を高める観点からMIADと連携して、「水田二毛作化のためダイズの実証栽培」と「ジャポニカ米の実証栽培」、およびこれらの加工・流通に関する実証調査を実施している。また、コメの集荷を改善する観点から、日本メーカーの軽トラック(スズキのキャリイ)によるコメの集荷実証調査を行っている。

①水田二毛作化のためのダイズの実証栽培

 MIADの20エーカーの実証圃場(ほじょうにおいて、ダイズ2品種と肥料2種類(従来型と豊田通商の子会社であるToyota Tsusho Fertilizer Africaが現地生産する配合肥料バラカ)の組合せによって、21区画8ha(各区画に明渠(めいきょ排水を行った)の実証栽培を実施した。

 詳細結果は取りまとめ中であるが、播種(はしゅ量が過少であったこと、播種時期の干ばつ、コオロギによる食害、排水不良田での湿害などの悪条件によって、収穫量は予想を大きく下回り、実証栽培として十分な結果を得ることはできなかった。ただ、ムエア地域では水田利用の初の本格的なダイズ栽培の見学会を、農家を対象として実施し、関心を高めることができた。さらに、収穫したダイズの選別・貯蔵・買い取り・実需者への販売までのバリューチェーン調査を実施しており、ムエア地域における、水田裏作ダイズ導入について、報告を取りまとめていく方針である(写真1)。

写真1 ダイズの実証圃場
写真1 ダイズの実証圃場

②ジャポニカ米の実証栽培

 MIADで保管されていたジャポニカ種の種子を、JICA専門家が選抜した2品種(背丈が短く登熟の早いS4種および背丈が長く登熟の遅いS1種)と肥料2種類(従来型とバラカ肥料)の組合せによって、12区画4haの実証栽培を実施した。詳細結果は取りまとめ中であるが、S1種とバラカ肥料の組合せは良好な結果を得ている。さらに、収穫したジャポニカ米の精米、流通・販売までのバリューチェーン調査を実施中であり、今後のジャポニカ米の普及可能性について報告する予定である(写真2)。

写真2 ジャポニカ米の実証圃場
写真2 ジャポニカ米の実証圃場

(2)ビクトリア湖沿岸地域

 ビクトリア湖沿岸地域においては、バリューチェーンの前提となるインフラ整備が不十分であることから、水田灌漑開発とコメの集荷・貯蔵・加工処理施設の整備が必要との認識に立って、既存の灌漑計画や新規灌漑計画を網羅的にリストアップしたうえで、ケニア政府や地元の熱意が高く水田灌漑を主体とする表1に示す5事業について検討を行った。

表1 灌漑計画の候補
表1 灌漑計画の候補

 そのうえで、多目的ダムは実現時期が見通せないこと、既存施設の老朽化が進んでおり、リハビリテーション事業の必要性が高いこと、他のドナーの動向などを念頭に、ケニア側(水灌漑省、農業畜産水産省、NIB、LBDA)と意見交換を重ねた結果、JIIDとしては以下の2計画を提案する方向で一致している。


①既存事業のリハビリテーション

 これはNIBのアヘロ灌漑およびウエストカノ灌漑に加えて、NIBとキスム郡政府の共同事業でニャンド川の(せきから取水するサウスウエストカノ灌漑(約1200ha)を含めた3事業一体のリハビリテーション計画である。受益面積や用水系統の見直し、二毛作化を含む営農計画、ポンプや水路などの施設改修、シルト堆積除去などの施設管理、農家水管理組織の強化、精米施設の更新を含むコメの集荷システムの改善などの内容を提案する方向で取りまとめを行う(写真3)。

写真3 サウスウエストカノ灌漑地区の水路
写真3 サウスウエストカノ灌漑地区の水路

②新規灌漑事業

 これは水田を含む新規灌漑として、地元の熱意が高くドナーが決まっていないクジャ川下流灌漑計画である。すでにケニア側でオランド頭首工を完成させており、事業推進の障害は少ないと考えられる。「既存のF/Sレポートの見直しが必要であること」、「全くの新規灌漑なので営農、灌漑技術の移転を的確に行う必要があること」などを骨子とする提案をする方向で取りまとめを行う(写真4)。

写真4 クジャ川下流灌漑地区・オランド頭首工
写真4 クジャ川下流灌漑地区・オランド頭首工

5.おわりに

 2017年11月28日、ケニヤッタ大統領は二期目の就任式に臨んだ。就任演説で、直近の干ばつを踏まえ、「食料安全保障のため農業セクターのさらなる強化を図らねばならないこと、そのため、今後5年間を環境に配慮しつつ持続的な水資源開発の集中投資期間とすること、農地開発を進め作物の多様化と生産性の向上を図ること、農産物の付加価値向上を図ること」を宣言した。

 JIIDが実施している調査は、まさに時機を得たものであり、調査の成果がケニアの農業、フードバリューチェーンの構築に貢献していくことを切に願うものである。


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