ミャンマー・マンダレー地域における
ゴマを中心とした
フードバリューチェーンの状況

一般財団法人 日本水土総合研究所(JIID) 調査研究部長 石井克欣

1.はじめに

 一般財団法人日本水土総合研究所は、2016年度から2か年にわたり、農林水産省の委託事業により、ミャンマーを対象としたフードバリューチェーン強化支援調査(正式名称:流通加工連携農業農村開発調査)を行っている。

 具体的には、(かみミャンマー(エーヤワディー川流域の平原部の上流域)の経済・物流の中心地であり、農業が盛んなマンダレー地域(Region)(図1)の灌漑(かんがい地域を対象に、ゴマを中心とする畑作物のフードバリューチェーンを強化し、コメと畑作物の輪作農業を、いっそう発展させるというものである。

図1 マンダレー地域・市の位置図
図1 マンダレー地域・市の位置図

 このために、同地域内にモデル圃場(ほじょうを設置し、生産、加工、販売などの支援を行うとともに、モデル圃場を対象に圃場整備を行い、さらに灌漑地域を対象とした開発計画の策定を進めているところである。

 本稿では、アジアのフードバリューチェーンの状況を概観しつつ、上ミャンマーの中心地であるマンダレー地域のゴマを中心としたフードバリューチェーンの現状や課題などについて述べる。


2.アジアのフードバリューチェーン

(1)世界で拡大する食料需要と食市場

 世界人口の増加や経済成長により、食料需要の増大と食市場の拡大が見込まれている。世界の食市場規模(日本を除く)は「340兆円(2009年)から680兆円(2020年)に拡大する(A. T. カーニー社による)」と推計されている。とくに、アジア地域(中国、香港、韓国、インド、 ASEAN;インドネシア・シンガポール・タイ)の合計では、同じ期間に82兆円から229兆円と約3倍になると予測されている。

 この食料需要の増加と食関連市場の拡大に対応するため、農林水産分野における経済技術協力においては、同協力による生産体制の整備に加え、民間投資と経済協力の連携により、食料生産から製造・加工、流通、消費に至る各段階の付加価値をつなげるフードバリューチェーンの構築への支援が求められている。

 このフードバリューチェーンの構築支援を通じて、フードバリューチェーン全体で、より大きな付加価値を生み出し、その付加価値を生産者、製造・加工業者、流通業者、消費者が分かち合い、途上国の経済成長と農村の所得増加を実現していくことが期待されている。

(2)アジアのフードバリューチェーン

 こうしたなか、農林水産省は2013年に、経済成長が著しいアジア・アフリカ地域をターゲットとして、経済技術協力と民間技術・民間投資の促進を車の両輪とするグローバル・フードバリューチェーン戦略を打ち出した。同戦略を推進することにより、2010年度に2兆5000億円のわが国の食産業の海外売上高を20年度に5兆円にすることを目指すとしている。

 アジア地域のなかでも、とくに経済成長が著しいASEANは約6億人の人口を抱えている。域内の複数国を結ぶ経済回廊の整備が進められており、域内の経済連結性が高まってきている。日本のASEAN向け投資は中国向け投資を上回る高い水準で推移しており、日本企業のビジネス環境整備が進展している。さらに、ASEANの食産業(1次・2次・3次産業から食品関連産業を抽出)はGDPの約30%〜60%を占めており、地域の基幹産業になっている。

 このため、グローバル・フードバリューチェーン戦略における対ASEAN地域戦略では、①東西・南北・南部の経済回廊などの物流ネットワークとの連携、②高付加価値産地、食品加工団地、コールドチェーンなどの流通販売網の整備などが重視されている。


3.東南アジア最後のフロンティア「ミャンマー」

(1)課題を抱えるミャンマー農業

 ミャンマーは、高い経済成長を誇り、投資、市場の拡大が期待されており、東南アジアの最後のフロンティアと呼ばれている。日本企業は、ミャンマーの食・農業関連分野に積極的に進出している。同国のティラワ経済特区には日本企業が農業機械や肥料を輸入、製造、出荷する工場を造成しており、ミャンマー市場に本格的に進出する拠点作りに力を注いでいる。

 他方、ミャンマーの農業は生産性、品質ともに低い状況にあり、営農技術の改善が求められている。また、ミャンマーは、タイやベトナムと同様に農村人口の割合が急激に減少しており、農村の労働力不足が進んでいる。こうしたなか、2017年4月に発足した新政権は農業支援、貧農支援に力を入れている。

(2)日ミャンマー農林水産業・食品協力対話の推進

 農林水産省は、グローバル・フードバリューチェーン戦略のもと、ミャンマー農業畜産灌漑省と「日ミャンマー農林水産業・食品協力対話」を進めており、同国とフードバリューチェーン構築の重要性について認識を共有している。

 両国政府は、両国の官民の取組を有効に連携させ、ミャンマーのフードバリューチェーンを構築・高度化することを目的に、今後5年間に取り組むべき項目を取りまとめた「ミャンマーにおけるフードバリューチェーン構築のための工程表」の作成作業を進め、2017年3月、山本有二農林水産大臣(当時)とアウン・トゥ・ミャンマー農業畜産灌漑大臣が、工程表の取組の実行やレビューなどに関する議事録への署名を行った。今後、日ミャンマー双方の官民が連携し、工程表に掲げられた取組を着実に実行していくこととしている。


4.上ミャンマーの中心地「マンダレー地域」

(1)マンダレー地域の農業

 マンダレー地域は上ミャンマーの経済・物流の中心であり、また、コメとともに畑作農業が盛んな地域である。上ミャンマーで生産された農産物はマンダレー市(同地域の首府)の集出荷施設に集まり、商品取引所を経て、中国やインド、国内ではヤンゴン市(ヤンゴン地域の首府)などに輸送されている。

 マンダレー地域は中央乾燥地に位置しており、コメの他、ミャンマーの代表的な畑作物であるゴマやマメ類の生産が盛んに行われている。また、地域の中央を大河エーヤワディー川が貫流しており、多くの畑作物が沿岸の沖積地で栽培されている。マンゴーやマスクメロンなどの果実の栽培も盛んである。

(2)マンダレー商品取引所

 2000人以上の会員を擁する(会員の大半は仲買人)商品取引所であり、毎日、約70種類の農産物が取引されている。主要な取引対象農産物は、油糧種子(ゴマ、落花生、ヒマワリなど)、マメ類(緑豆、黒緑豆;ケツルアズキ、キマメ、ヒヨコマメなど)である。緑豆や黒緑豆は主に中国に、キマメとヒヨコマメは主にインドに、それぞれ輸出される。取引対象農産物の全体でみれば、その約7割が中国に輸出されている。

 取引所内での取引は、テーブルに農産物の見本が置かれ、会員が見守るなか、入札で行われる(写真1)。なお、この商品取引所では、他の商品取引所の価格情報を入手できる。

写真1 マンダレー商品取引所
写真1 マンダレー商品取引所

(3)「ミャンマー農業発祥の地」チャウセー県(District)

 マンダレー地域の南東部に位置するチャウセー県は、11世紀のパガン王朝時代に早くも灌漑整備が進められており、灌漑農業が古くから広く展開していて、「ミャンマー農業の発祥の地」ともいわれている。

 チャウセー県はコメの他、ゴマ、緑豆など畑作物の生産が盛んであり、なかでも白ゴマは全土的に有名である。また、マンゴー、スイカ、マスクメロンなどの産地でもあり、美味で有名なセインタロンマンゴーの原産地である。


5.ミャンマーのゴマのフードバリューチェーン

 このチャウセーを中心に、ミャンマーのゴマのフードバリューチェーンについて述べる。

(1)ミャンマーのゴマ生産

 ゴマはミャンマー全土で栽培されており、とくに中央乾燥地域に位置するマンダレー地域、サガイン地域、マグウェー地域での栽培が多い。ゴマは年間を通じて、同国内のどこかで栽培されている。

 ゴマは実のまま、もしくは搾油してゴマ油として消費される。とくに油糧種子作物として、落花生とともに、ミャンマー国民の食生活に欠かせないものである。

 ミャンマーは、世界でもトップクラスのゴマ生産国である。ミャンマーのゴマ生産量は統計によりまちまちであり、正確な数字を把握することが難しいが、FAOSTATによると2010年の78万7000t以降、80万tを前後しながらも増加傾向にあり、16年でみれば81万3000tに及び、タンザニアの94万tに次ぐ世界第2位の生産国である(表1)。

 ミャンマーの統計によれば、同国のゴマの作付面積は少しずつではあるが、増加傾向にある。前政権以来、農家が作付けする農作物を自由に選択できるようになったことから、投資に対する大きなリターンが期待できるゴマの生産に切り替える農家が多いものと考えられる。しかしながら、海外からの安価なパーム油に押されて、ゴマ油の国内消費は低迷している。

 
表1 世界のゴマ生産量と主要生産国(2016)
(単位:1000t)
表1 世界のゴマ生産量と主要生産国(2016)

(2)ゴマの生産工程

 チャウセー県における、ゴマの生産工程はおおよそ次のとおりである。

 ・まず、播種(はしゅ前に灌水(水盤灌漑:畦畔(けいはんで囲んだ平坦な小区画に湛水(たんすいする)し、播種、施肥、防除を行う。播種は筋播(すじまきではなく、手間がかからない直播(じかまきが多い。

 ・ 播種後は一般に灌水は行わず、もっぱら天水に依存している。品種によるが、播種後、およそ80〜90日で収穫し、乾燥させる(写真2・3・4)。

  
写真2 ゴマの収穫
写真2 ゴマの収穫
 
写真3 ゴマの乾燥ーその1
写真3 ゴマの乾燥ーその1
写真4 ゴマの乾燥ーその2
写真4 ゴマの乾燥ーその2
写真2〜4の出所:“SESAME in MYANMAR” © Department of Agricultural Planning/Ministry of Agriculture and Irrigation/Union of Myanmar

 ・ 乾燥が進むと自然に脱粒するので、これをシート上に置き、棒で叩くなどして刺激を与えて脱粒を促がす。

 ・ その後、シートにゴマを広げて、天日で追加乾燥させる。追加乾燥したものを、ふるいでゴミを取り除き(写真5)、袋詰めして出荷する。

写真5 乾燥後ふるいでゴミを除去
写真5 乾燥後ふるいでゴミを除去

 なお、これらの作業は基本的にすべて手作業で行われる。
 農家はほぼ施肥を行っておらず、防除も資金に余裕があれば、その範囲内で農薬を購入して行う程度である。

 

 ゴマの生産工程上の課題は、①低い生産性、②低い品質、③農業労働力の不足である。

①低い生産性

 種子は主に自家採種により調達している。施肥・防除も効果的に行われていない。また、灌漑地域に属し、基幹水路が近くにあるにもかかわらず、灌漑水を有効に活用していない。

②低い品質

 上述の①に加え、収穫後、ゴマを野積みして乾燥させているので、降雨(品質低下となる酸化値上昇の原因)や虫害によりゴマが劣化する。また、脱粒後の乾燥は天日乾燥であり、散逸ロスや乾燥ムラがある。出荷時の袋詰めでは、夾雑(きょうざつ物が散見される。

③農業労働力の不足

 ゴマは、収穫時などに多くの農業労働力を必要とする。コメはコンバインによる収穫など機械化が進んでいるが、ゴマはほぼすべて手作業で行われており、機械化が進んでいない。
 経済成長に伴い、農村から都市に人口が移動しており、農家からの聞き取りでは農業労働者の確保が困難になっている、もしくは確保できても、以前に比べて労賃が高くなっているという。

(3)ゴマの加工・流通・消費

①加工

 チャウセー県のゴマは主にマンダレー市の商品取引所で売買される。ただし、基本的にマンダレー市ではゴマの加工は行われず、原料として実のまま中国へ輸出されたり、ヤンゴン市に輸送されたりしている。後者のゴマの多くは、日本などへ輸出される。

 一部のゴマは韓国への輸出向けに焙煎(ばいせんされ、粉末に加工される。韓国は原料ゴマと加工ゴマの関税が大きく異なっており、輸出入業者は関税が低い加工ゴマをミャンマー国内で製造している。

 マンダレー市商工会議所からの聞き取りでは、マンダレー市に集まった農作物の多くは中国に輸出され、中国国内の加工工場で洗浄、選別などのプロセスを経て、中国各地の実需者のもとに販売、輸送される。また、ゴマを炒ったり、搾油したりするのもすべて中国国内で行われる。すなわち、ミャンマーではゴマの生産・流通のみが行われ、加工などに伴う付加価値はもっぱら中国の業者が得ているということである。

②流通

 チャウセー県のゴマやマメ類はマンダレー市に直接輸送されるか、同県の集出荷場を経由してマンダレー市に輸送される。そして、マンダレー市の商品取引所で売買され、その多くはシャン州(State)の主要都市であるムセ市などに向かい、中国に国境貿易で輸出される。また、大消費地であるヤンゴン市に向かい、国内市場や海外市場に仕向けられる。

 圃場から市場までは、トラクターを改造したトラック(トラジ)やバイクなどを使って、自ら輸送する。その後は、大量に荷積みしたトラックで中国やヤンゴン市に輸送される。

 マンダレー・ムセ間(約460km)は、シャン州の山間地を通る国道が整備されている。流通業者からの聞き取りでは、大型トラックが数多く往来しているが、往復には約3日を要するとのことである。

 他方、マンダレー・ヤンゴン間(約600km)には高速道路があるが、トラックは基本的に高速道路を利用できないので、時間がかかる国道を利用せざるを得ない。

③消費

 ゴマの消費について、ミャンマーのゴマ取引業者に話を聞くと、「安価なパーム油が輸入され、ゴマ油やピーナッツ油に置き換わっている」と、一様にゴマの国内消費の不振を口にする。聞き取りしたミャンマー農業の専門家によると、「パーム油は、2000年頃からミャンマーに輸入されるようになった。当初、それほど需要はなかったが、近年、消費量が増大している。パーム油は、ゴマ油やピーナッツ油を混ぜて香り付けをされて、広く販売されている。こうしたパーム油の価格はゴマ油をはるかに下回るので、貧しい消費者はそちらを選択するようになった」という。また、ゴマ取引業者によると、「ミャンマーのゴマ油やピーナッツ油の搾油工場は需要減により、実に9割の工場が操業停止に追い込まれている」。

 国内のゴマ消費が伸び悩むなか、大量のゴマが海外に輸出されている。とくに、日本の商社の推計では、シャン州の国境を通じて、中国に年間約25万t〜30万tのゴマが輸出されている。なお、日本には年間約1万t、韓国に同1万2000t、台湾には同7000t、タイには同3000tのゴマが輸出されている。

 日本では、ミャンマーの黒ゴマの人気が高く、世界から輸入する黒ゴマの9割はミャンマー産である。


6.ゴマのフードバリューチェーン強化支援調査

 上述のとおり、当研究所は2016年度から2か年にわたり、ミャンマーを対象としたフードバリューチェーン強化支援調査を行っている。具体的には、マンダレー地域チャウセー県のシンガイ地区(Township)にモデル圃場を設置し、ゴマの営農改善実証調査やモデル圃場整備などを実施している(図2)。

図2 実証モデル圃場地籍図
図2 実証モデル圃場地籍図

 モデル圃場は約10haに及び、対象農家は12戸である。現在、乾期はゴマやマメ類、雨期はコメ、冬期は一部でマメ類が生産されている。

 本調査を通じて、ゴマの収量の増加、品質の維持、向上、投下農業労働力の低減を図り、ゴマ生産農家が積極的に優良種子や肥料などを調達・投入し、また、農業機械を積極的に導入し、ゴマの収量増加や品質向上に力を入れるようになることを期待している。

 本調査は2018年3月に終了する。本稿執筆時は調査中であり、調査結果については別の機会を得て改めて報告したい。


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