特集解題

ARDEC 企画委員長 松浦良和

 今号の特集は、「フードバリューチェーンと農業農村開発」としている。事前に行われたARDECの特集テーマを協議する企画委員会において、「フードバリューチェーン(Food Value Chain)」は近年、一段と注目度の高いテーマでもあることから、異論もなく、委員多数の賛同を得て決定された。

 Opinionにおいて、板垣啓四郎氏も述べているが、フードバリューチェーン(FVC)とグローバル・フードバリューチェーン(GFVC)という用語の意味するところには、正確に理解しておくべき相違がある。詳細は本文を参照いただきたいが、まず農業生産→加工・保管→輸送・流通→食料などの販売、というフードチェーンの各段階で生み出される付加価値(バリュー)を繋げたものがFVCである。これに対しGFVCは、たとえば日本との関わりを想定したときに、国際協力と民間ビジネスが官民連携の下に、アジアなどの国のフードチェーンにさまざまな形で関わることによって、相手国のFVCの発展が促進され、同時に日本の企業もまた輸出と投資を通じてビジネスチャンスが広がるという形で、相手国と日本、双方が経済的利益を享受できる枠組みをGFVCとしている。

 2014年6月に「グローバル・フードバリューチェーン推進官民協議会」が設置され、現在、ベトナム、ミャンマーを始めとして、いくつかの国々との間で、具体的な協力や二国間対話などが進んでいる。自然が相手の農林水産物と生産者、少量・多品目・適期の要望が強い消費者―この生産から消費までの両サイドの間の流れを、どのような形で安定的なものに構築していくかが鍵になるのであろう。今後とも、注視していきたい。

 次に各Key Noteにつき、所載順に言及していく。


農林水産省のグローバル・フードバリューチェーン
構築に向けた取組

 わが国の食産業は中小企業が多くを占めていて、地域に密着した産業であり、生産・製造・流通技術などには、先進性・利便性の高いシステムがある。一方、途上国側のニーズをみれば、経済協力による生産基盤整備や貧困撲滅プログラムばかりではなく、民間セクターの資金や技術も活用した「経済成長」の促進へと変化してきている。

 このため、急速に拡大する世界の食市場にわが国の食産業が、その強みや特徴を生かして幅広く参画し、途上国側の経済成長を通じて世界の食料安全保障の確立にも貢献していく立場から、民間投資と経済協力の連携によって、生産から加工、流通、販売に至る一連の付加価値を、パッケージ(フードバリューチェーン)として海外展開していくことができれば、大きな経済効果が期待できるとしている。

 こうしたことから、農林水産省では、2014年にグローバル・フードバリューチェーン戦略を策定し、これに基づきGFVC推進官民協議会を設置して、官民の積極的な協議・連携を進めてきている。さらに、全体会合のほか地域別部会や分野別研究会の開催に加えて、ベトナムやミャンマーを始めとした、世界のさまざまな国々との協力の具体化や二国間政策対話などを進め、フードバリューチェーン構築の取組を積極的に進めていくと説明している。


福祉(well-being)の向上に向けた
フードシステムの役割について

─潜在能力アプローチを踏まえた栄養改善プログラムを通して─

 現在の食料安全保障では、①十分な食料供給量に加えて、②食料へのアクセス性、③適切な水、衛生環境などの食料の利用可能性、④万人の随時の食料へのアクセス安定性、という4要素を踏まえることが通例になっているとして、人々の主観的状況に応じた食料・栄養の確保、すなわち個人の福祉(well-being)の側面が強調されるようになっていると説明している。

 農林水産物や食品が生産者から消費者に届くまでの有機的な流れである「フードシステム」について、食品などを単に川上から川下に届けるのみならず、人の「潜在能力」の拡大、すなわち人の「福祉的自由」の充実・向上という考え方に立って、①栄養価の高い食品へのアクセス改善、②人々の食習慣などのアクセス環境の改善、③社会的弱者への配慮、④それらの持続性の向上、を図ることを通じて、公平・公正な栄養改善や人々の福祉向上に貢献する道筋について考察している。

 このアプローチは、栄養に限らずSDGs(持続可能な開発目標)への貢献など、フードシステムが創造する幅広い価値の分析にも役立つのではないかと思考を広げている。執筆者の農林水産省、国連食糧農業機関(FAO)、国際協力機構(JICA)での幅広い経験が随所に反映されている。



タイにおけるコメのポストハーベスト技術

 農林水産省の公表資料によれば、食料の貿易のなかで、コメの貿易量は世界全体で年間約4000万t前後に留まっていて、コムギやトウモロコシに比べれば決して多くない。また、大口輸出国も少数に限られている。さらに、総生産量に対する輸出量の割合が1割にも届かず、相対的に低いといえる。

 貿易品目としてそのような特性を持つコメであるが、コメの種類(短粒種か中粒種か長粒種か)、コメの特徴(調整加工の難易など)、精米方法(研削式、摩擦式の組合せなど)、どの段階で出荷するか(玄米か精米かなど)などについて、ポストハーベスト関連の施設・機器を世界中で多数扱ってきた立場から、タイの状況を中心に詳細に説明している。たとえば、光選別機による白米などからの異物の除去には、かなり高度な技術が使われていることがよく分かる。

 また、日本においては生産地側での調整は(もみ状態での荷受けから玄米までであって、その玄米は消費地側で精米されて、 市場へ出荷されている。しかし、コメ流通の世界標準は白米状態での流通であって、日本でもこのような流通形態が取れるなら加工コスト、流通コストの低減が可能であるとしている。



ベトナムの紅河デルタ地域における
安全作物バリューチェーン形成の取組

─北部地域における 安全作物の信頼性向上プロジェクトの事例より─

 独立行政法人国際協力機構(JICA)のべトナムでの技術協力である「北部地域における安全作物の信頼性向上プロジェクト(2016〜2021)」の具体的な事例の紹介である。本報告を読むと、生産者と購買者の合意形成の特徴やその過程には、日本においても共通、あるいは類似する課題が多々あるように見受けられる。

 ベトナムでは国民所得の増加に伴い、野菜など農産物の需要の多様化が進むとともに、安全性に関しても、ハノイなどの都市住民を始めとする消費者の関心が高まっていて、国際的な農業生産工程管理(GAP:Good Agricultural Practice)の重要性に鑑みて、ベトナム政府でも独自の農業生産工程管理(VietGAP)を制定しているという。

 本プロジェクトでは、さらにそれを簡易にしたBasic GAPを技術規範として取り入れ、北部紅河デルタ沿いのハノイなど2市11省を対象に安全作物の振興のため、①安全作物生産のモニタリング管理能力の向上、②GAPに沿った安全作物のサプライチェーン形成に向けた、さまざまなケースに応じたパターンモデルの提示、③生産者と購買者の安全作物と食の安全にかかる意識の向上、の3つの成果を上げることを目的として実施している。

 本報告では、とくに上記②安全作物のサプライチェーンの形成に関連して、現場での具体的な取組について述べている。



ミャンマー・マンダレー地域におけるゴマを中心とした
フードバリューチェーンの状況

 一般財団法人日本水土総合研究所が、農林水産省から2か年の受託事業として実施している「ミャンマーを対象としたフードバリューチェーンの強化支援調査」の現況報告である。アジア地域のなかでも多数の人口を抱え、経済成長の著しいASEANでは、域内の複数国を結ぶ経済回廊の整備が進められており、域内の経済連結性が高まってきている。とりわけ、食産業は域内の基幹産業となっており、グローバル・フードバリューチェーン戦略では、経済回廊の物流ネットワークとの連携、高付加価値産地・コールドチェーンなどの流通販売網整備などが、重視されているという。

 マンダレー市は(かみミャンマーの経済・物流の中心であって、コメのほかゴマ・マメ類などの畑作農業が盛んな地域である。上ミャンマーで生産された農産物はマンダレー市の集出荷施設に集められ、商品取引所を経て中国やインド、国内ではヤンゴン市などに輸送される。ミャンマーは世界でもトップクラスのゴマ生産国であるが、一方で国外からの安いパーム油に押され、ゴマ油の国内消費は低迷しているという。

 本強化支援調査を実施しているマンダレー地域のチャウセー県でのゴマの生産工程上の課題は、低い生産性、低い品質、不足する農業労働力にあると指摘しており、加工流通は、実のままか加工後かなど仕向け先により異なるものの、トラックでの輸送には相当の時間を要するのが実態のようだ。

 本強化支援調査を通じて、生産農家が積極的に優良種子や肥料などを調達し、さらには農業機械を積極的に導入するなどして、ゴマの収量増加、品質向上、投下農業労働力の低減を図ることが期待されている。


ケニアにおけるコメのバリューチェーンを考慮した農業農村開発

 ミャンマーと同様、日本水土総合研究所が農林水産省から受託したケニアでのフードバリューチェーンに関連した農業農村開発調査の現況報告である。わが国のアフリカ支援に関する国際的な場として、1993年以来、TICAD(アフリカ開発に関する東京国際会議)があるが、2016年に初めてアフリカでの開催としてケニアにおいて、この会議が行われ、農業分野では「持続可能な生産性向上」や「バリューチェーンの構築」がナイロビ宣言などに位置付けられた。

 ケニア政府は食料安全保障の観点から主要穀物の自給率向上を目指しており、コメについては2030年までに自給達成の目標を掲げているが(Vision 2030)、自給率は18%程度と低く、一方、コメの消費量は近年著しく増大していることから、生産拡大とバリューチェーンの構築が急務とされている。

 調査対象地域として、首都ナイロビの北方約100kmにあるムエア地域と西部のビクトリア湖沿岸地域の2か所を選定している。ムエア地域はすでに一定の灌漑(かんがいインフラ整備がなされており、国内で稲作農業の中核的地位を占めていることから、二毛作の導入やジャポニカ米の栽培などによる付加価値向上の提案を、一方、まだインフラ整備が不十分なビクトリア湖沿岸地域においては、既存灌漑施設のリハビリテーションと新規灌漑事業の提案を目下取りまとめ中としている。



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