特集解題

ARDEC 企画委員長 松浦良和

 国連は2016年を「国際マメ年(International Year of Pulses)」と定め、FAOと各国・関係機関がマメの生産・消費などについて普及啓発を進めていることから、今号の特集はその重要性に鑑み「マメ」とした。「国際マメ年」の「マメ」には、英語では“pulse”が使われている。“pulse”はいわゆる「乾燥状態のマメ」であって、レンズマメ・ヒヨコマメ・インゲンマメなどがこれに該当し、ダイズやラッカセイは含まれないようだ(FAO資料)*1

 一方、わが国では古来、豆腐(とうふ)・納豆・味噌(みそ)醤油(しょうゆ)など加工食品の形で、ダイズは生活に密接に結び付いてきた。世界的にみても、ダイズは、食料・油脂・飼料など、さまざまな形で膨大な生産量・取引量があり、過去においても、わが国の関係機関・関係者が、商品作物となった勃興期のダイズに、生産・加工・輸出を通じて、主体的に関わった経緯もあることから(Key Note:加藤昇氏)、「国際マメ年」の「守備範囲」を広げ、本号ではダイズも基本的なテーマと位置付けて取り上げている。

 また、マメ大国といわれるインドのヒヨコマメ・キマメ・ケツルアズキ・リョクトウ・レンズマメなどのマメ類に関する、生産・消費・輸入などの現状や料理法ついても取り上げている。

 人類は農耕を始めたころから、穀物とともにマメの栽培を行っていたといわれていて、マメはたんぱく質・脂質など栄養分を豊富に含むほか、窒素固定を通じて土壌の地力改善につながるなど、耕作や環境の面でも優れた特性を持っている。しかし、わが国では「マメ」という取り上げ方では、これまであまり注目されてこなかったように思う。

 最近、オランダから届いたワーゲニンゲン大学・研究所の発行する“Wageningen World”という英文の季刊誌を見ていたら、「国際マメ年」に関連し「マメの食卓への復活(Bring back the bean)」*2と題して、おおよそ次のような記述があった。

「世界的に以前ほどマメを食べなくなってきているが、オランダでも肉や乳製品が食卓からマメを追いやってしまった。マメは環境にやさしく、水・エネルギーの消費が少なく、肉よりも安価に人口を養えるといわれているが、マメが食卓に復活するのは容易ではない。マメ料理は、『強風』(注:オランダの秋冬に吹く木枯らしのような冷たく、強い風)や『貧困』を連想させるので、何かしらマメ自体の『変身』が必要だ。たとえば、『マメは格好いい』、『世界のトレンド』、『たんぱく質の缶詰』など。1970年代に始まった、『肉の代替』というような意味あいでは、マメの食卓への復活は覚束(おぼつか)ないだろう」

 アフリカ・ヨーロッパ・アジアをはじめとする、世界全体のなかでも、飼料やエネルギーへの利用は別にして、マメ類が食卓に上る機会は減っているという。

 このような状況のなかで、マメ類の復活には何か新しい知恵や工夫が必要との指摘もある。しかし、世界規模での対応が急がれる地球温暖化といった、人類文明の存続にかかわるような大問題が目前に横たわっているのであり、持続的農業の維持、食料の安全保障の観点も踏まえて、先に述べたマメの優れた点を再評価していくことが必要であろう。

 そして、この「国際マメ年」を契機に、マメの生産と消費の拡大に、各般がいろいろなレベルで努めていくことが重要ではないかと考える。以下に、Key Noteの所載順に言及していく。


 次に、Key Noteのそれぞれについて言及していく。



21世紀におけるマメ類の生産動向

 マメ類は、なぜ主食になれなかったのか。それはマメ類が穀物に比べ、単収がもともと低かったこと、そして窒素肥料が不要という優れた特性を持つマメ類だが、化学肥料を多投して飛躍的な単収の増加が可能となった穀物に比べ、マメ類はあまり単収の増加が図られなかったことが大きな理由と説明している。

 われわれ日本人には、ダイズをマメ類の1つと考えるのが極めて自然に思われるが、ダイズと他のマメ類とでは、どうも基本的な違いがあるようだ。マメ類は世界中で古くから食用として作られてきたが、近年に至っても生産量はあまり伸びていない。ある意味安定的である。一方、ダイズは油糧作物として、この半世紀の間に大きく生産量を伸ばし、しかもその生産や輸出入には、地域的な偏りや時期による変動がかなりある。

 では、将来のダイズ生産はどうなるのであろうか。執筆者によれば、人口増加に大きな影響を与えるイスラム教徒の動向、インドの人口のおよそ8割前後を占めるヒンズー教徒の食習慣、中国の食料需給動向の分析などから、ダイズ生産量の伸びは、今後、鈍化するだろうと予測している。


マメ大国インドのマメ事情

 インドはコメ・コムギ・ラッカセイなどの生産量も多いが、マメ類(ヒヨコマメ・キマメ・ケツルアズキ・リョクトウ・レンズマメなど)の生産量は世界一で、しかもカナダやミャンマーなど、インドに次ぐ主要生産国には大差をつけている。一方、マメ類はその消費量も膨大なため、輸出には消極的で輸入も世界一という。

 日本人にはあまりなじみのないインドでのマメ類の食し方についても紹介され、とくに生産量が最大のヒヨコマメは、100を超える新品種が開発され、利用法・調理法もサラダ・カレー・スナック・菓子材料などと幅広く、彼我の差を感じるところである。


サブサハラ・アフリカにおける
ササゲの生産性向上のための国際研究支援

 世界の95%以上がアフリカで生産されているササゲは、ナイジェリア・ニジェール・ブルキナファソなど西アフリカ地域を主産地とし、サブサハラ・アフリカにおける重要な食料であるにもかかわらず、低収量で品質も安定しないという。

 ササゲは換金作物として、食用のみならず貴重な家畜飼料としても利用されているが、現在、国際農業研究協力グループ(CGIAR)の1つの研究機関である国際熱帯農業研究所(IITA)、日本の国際農林水産業研究センター(JIRCAS)、アメリカのアメリカ国際開発庁(USAID)などによる研究支援が続いている。

 今後のササゲ研究には、収量向上に関わる技術のみならず、生産から収穫、さらに余剰収穫物の販売までのバリューチェーンを解析し、農家収益を最大化する新技術の開発が必要であると、執筆者は指摘している。


世界のダイズ貿易の変化とブラジル
  ─日本のODAが果たした役割─

 半世紀に満たない期間に、世界のダイズ貿易は大きく変化しているという。ダイズがいかに重要な戦略作物であるかが分かるが、輸出はブラジル・アメリカ・アルゼンチンの3か国で約9割を、輸入は中国のみで約6割を占めていて、地域性にはかなり偏りがあると述べている。日本も、飼料を含めた自給率は7%にすぎないし、食用にかぎっても21%なのである。

 ブラジルの急激な生産量の拡大は、主として単収の増加によるものではなく、作付面積の増大によるもので、アメリカでは逆であったと、その差異を指摘している。

 今から20年ほど前、日本がブラジルのセラード開発に協力しているという話を時々耳にはしていたが、ブラジルでのダイズ生産のさきがけになったことを、当時は必ずしも十分には認識していなかった。また、日本の政財界のビッグネームが、その推進に尽力したことにも興味が尽きない。


大豆の栄養と健康

 ダイズが高たんぱく食品であることは世に知られているが、ダイズやその加工食品には、イソフラボンをはじめ多種多様な栄養成分・健康増進成分が含まれていることに改めて驚く。また意外なことに、ダイズを調理して「食べ物(大豆加工食品)」にするには、高度な調理加工技術を必要とし、一般の家庭では困難であろうと指摘している。

 このことは、食べ物としてダイズを発展途上国などに普及することの困難さを連想させるが、執筆者は、わが国で大豆加工食品を和食文化として継承してきたことを踏まえ、和食の普及とセットで、大豆加工食品を世界に広めることを提唱している。


ダイズが歩んだ道

 近代以降のさまざまな消長の果てに、現在のダイズが存在することが、平易に述べられている。食用として、壊血病予防として、ダイズ油として、飼料として、さらにはバイオ燃料として、ダイズの有用性が世界中で認識され、欧米の大国をはじめ各国が、その「獲得」に励んできたことが示されている。

 結語部で述べられているように、ダイズが商品作物として世界に登場してきたのは、戦前の満州ダイズが皮切りであって、南満州鉄道株式会社(満鉄)と進出した日本の商社がダイズ油などの産業発展を担い、戦後、紆余曲折を経て、南北アメリカに位置する3か国が生産・輸出の大宗を担うようになって、かつてのダイズ王国中国が一大輸入国になっているというのが何とも意味深長である。


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