特集解題

ARDEC 企画委員長 松浦良和

 今号では、「世界の大河川の水資源管理」を特集のテーマとした。

 世界四大文明が大きな川の流域に発達した例を持ち出すまでもなく、河川は古来、生活や生産活動、舟運など、人々の暮らしと密接に結びついてきた。

 一方で人口の増加、生産活動の拡大などに加え、地球温暖化や気候変動の影響などにより、水資源の逼迫(ひっぱく)が世界的に顕著になり、水資源の適正な管理・配分を今後どうしていくのかについて、さまざまなレベルで議論がなされるようになった。

 今回は、国際河川をはじめとする世界の大河川の水資源管理がどのように行われているのか、どのような課題があるのか、どのような方向に向かっているのかなどについて、各執筆者より報告している。


OPINION 地球の水循環と世界の水資源の展望

 「水の惑星」と呼ばれ、一見、豊富な水資源に恵まれているように考えられている地球だが、利用可能な水資源の分布が、季節的にも地理的にも偏在しているから水が足りなくなるという。

 筆者が統括執筆責任者を務めたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第2作業部会第5次評価報告書によれば、温室効果ガスによる気候変動で平均気温が1℃上昇する毎に、淡水資源の大きな減少に結びつくという。

 温帯モンスーンに位置する日本は、年間降水量も多く水資源に恵まれてはいるが、人口密度が高いため、1人当たりの水資源量では世界平均の半分以下と決して多くはない。

 海外に多くの食料を依存している日本にとって、水資源開発や農業協力を通じて発展途上国などを支援していくことは、さまざまな面で大きな便益が期待できるほか、気候変動への対応としても有効と考えられるので、これらの協力は世界にとっても得策と筆者は説明している。


 次に、Key Noteのそれぞれについて言及していく。


ナイル川の水資源とエジプトの水利用

 年間降水量の少ない乾燥気候のエジプトで、古代からナイル川の洪水を利用して農業を継続しながら、なぜ塩類集積の問題があまり顕著でなかったのか疑問を感じていたが、単純な氾濫水の利用ではなく、人為的に長時間湛水させ、塩分を洗い流す「ベイスン灌漑(かんがい)」を行っていたことを知り、古代の人の知恵に感心した。

 土壌への塩類集積の問題を別にすれば、エジプトの水資源が抱える今後の課題として、アスワンハイダムの建設によりエジプトは極めて大きな水資源を確保したものの、経年的な人口増加に加え、上流の水資源供給国をはじめとする関係流域国の水利用の増大などにより、今後の水需給の逼迫が避けられないため、国内での節水の強化とあわせて、関係流域国との「協調」に基づく流域管理体制を築いていくことが重要と筆者は指摘している。


ティグリス・ユーフラテス川を巡る
国家間水紛争と水資源管理の課題

 現在、紛争地域となっているティグリス・ユーフラテス川については、情報を得ることもなかなか困難と思うが、同河川の水利用・水資源管理の歴史を踏まえつつ、現地に即した詳細な報告をしている。

 水資源管理問題という枠組みには、到底収まりきらない流域諸国間の押したり引いたりの駆引き、経済協力・民族問題などを絡めた取引き、約束はしてもその通りには動かない上流国のしたたかさなど、まるで小説を読んでいるようである。
 まずは同河川流域に、早く平和が訪れることを願う。


インダス川流域の革新的な水勘定システム

 世界のなかでは、日本のように水文・気象・土地利用などのデータを容易に利用できる国はむしろ少ない。まして、長大な国際河川などは尚更だろう。

 このような状況のなかで、筆者は、ウォーター・アカウンティング・プラス(WA+)と呼ばれる水勘定システムの活用を紹介し、インダス川流域に適用している。
 水の有効利用や水不足に対処するためには、実効ある水管理改善策を策定することが重要であるが、利用可能な衛星観測データを主に活用して、WA+によって、インダス川流域の水勘定(水利用とその生産性の現状を表す)を提示している。


マレー川水系の水資源管理

 オーストラリアは優れた水資源政策を実現している国として国際的評価が高いが、市場での水取引(水利権売買を含む)をすでに導入しているマレー川流域では、近年、大きな渇水に何度もみまわれ、水資源制度のあり方に大きな変化が生じている。

 筆者は同国の水市場や水資源制度について長年にわたり調査を行い、今回は最新の情報も踏まえて、水資源制度の変遷を概観するとともに、環境配慮や灌漑農業の変化などについても、興味深い報告をしている。


メコン河の水資源管理

 メコン河委員会(MRC)の事務局長を経験した日本人の方から、「(ものごとの決定に当たって、利害が相反する)関係4か国の合意形成を図るのは容易ではない」と、以前に聞いたことがある。
 MRCは、メコン河下流域4か国(カンボジア、ラオス、タイ、ベトナム)により1995年に設立されて以降、さまざまな開発計画、利用計画、環境計画、プログラムなどの策定(あるいは変更)を行いつつ、各援助機関や各援助国との連携を、積極的に進めてきたことが報告されている。


黄河断流の原因解析

 巨大河川黄河に「断流」が頻繁に起こっていると聞いたのは、いつごろだろうか。最近はあまり聞かなくなったが、当時は「南水北調」といって揚子江などの水を黄河に回す計画もあったように思う。

  黄河の下流域が天井川になっていることにも驚くが、筆者は、黄河の上・中・下流部の水文・気象・流量データや土地利用データをもとに、自ら開発した水文モデルによって、黄河の流量変化や年水収支を再現している。

  その結果、黄河断流は灌漑による水消費との関連というよりは、黄河中流域の支流からの流入水が、1980年代から著しく減少したことによるものではないかと推定している。あわせて、今後は水質改善にも意を用いるべき状況になっていると指摘している。


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