Back to Basics
─国際協力の原点を振り返り、
新たな地平を切り拓く─
独立行政法人 国際協力機構(JICA)
農村開発部 部長 北中真人

はじめに

 昨年の日本の政府開発援助(以下、ODA:Official Development Assistance)の60年に続き、本年も、国際協力にとっては節目の年となる。すなわち、国際社会においては、2015年までに国際社会で達成すべき目標であるミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)に続くポスト2015開発アジェンダとして、持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)が9月の国連総会にて採択予定である。また、日本国内においては、我が国のODAの基本理念や重点事項などを示した「政府開発援助大綱(ODA大綱)」が改訂され、「開発協力大綱」が2月の閣議決定をもって策定されている。さらに、本年は初代の青年海外協力隊6名がカンボジアに派遣されて以来、50周年となる記念の年でもある。

 国際社会を取り巻く環境がますます複雑化し、その変化も激しくなるなかで、このような節目の年において、国際協力の原点や潮流等を振り返ったうえで、未来志向で新たな国際協力の在り方について考えていくことが重要である。そのために、本稿では、国際社会や日本国内における国際協力を取り巻く最近の状況を概観するとともに、それらを踏まえた国際協力機構(JICA)の協力動向についてもふれたい。

1.国際社会における国際協力を取り巻く状況

 MDGsは極度の貧困と飢餓の撲滅や普遍的初等教育の達成など、2015年までに国際社会が達成すべき開発目標として、2000年の国連ミレニアム・サミットで採択されたものである。MDGsは、国際社会で一丸となって取り組むべき共通の目標を設定した点、達成すべき具体的な数値目標を明示した点などが画期的であった。この共通目標に向けて、国際協力を含む国際社会の取り組みが進展した結果、多くの開発途上国において、一定の成果があがってきている。一方で、教育・母子保健・衛生など、現状では達成が難しい分野があり、また、地域ではサブサハラ・アフリカ、南アジアなどで達成の遅れが見られている。加えて、国内格差の拡大や持続可能な開発の実現といった新たな課題への対応が求められている。

 MDGsに続くポスト2015開発アジェンダとしては、市民社会も含めた国際社会での検討が進んできている。新アジェンダにおいては、女性、子供、若者、障害者、紛争地域で苦しむ人々などを含む、あらゆる人々を成長に取り込み、開発の恩恵が広く行き渡るような包摂的な成長が求められているという認識のもと、一人ひとりの異なる事情に着目し、人々が恐怖やあらゆる欠乏から免れ、その可能性を開花させることを目指す「人間の安全保障」の考え方が重要視されている。

 また、持続的な開発を進めるための実施手段として、中央政府、地方自治体、実施機関、市民社会組織等のあらゆるレベルにおける社会・組織・個人レベルの包括的な能力強化であるキャパシティ・ディベロップメントの必要性が示されている。人間の安全保障の視点やキャパシティ・ディベロップメントの協力アプローチは、日本がこれまで行ってきた国際協力の強みにあたる部分であり、今後も日本の知見・経験を生かしながら、国際社会の課題解決に貢献していくことが求められている。

 ポスト2015開発アジェンダにおける具体的な国際開発目標として、持続可能な開発目標(SDGs)を策定中であり、本年9月の国連総会において採択が見込まれている。アドバンス・ペーパーにおけるSDGs案においては、農業農村開発分野として、17ある目標のひとつとして、「飢餓解消・食料安定確保・栄養改善・持続可能な農業推進」が含まれている。また、農業農村開発に関連する目標として、「貧困解消」、「ジェンダー平等・女性のエンパワーメント」なども掲げられている。

【SDGs案における17の目標】
(1)あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つこと/(2)飢餓に終止符を打つこと、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成すること、および持続可能な農業を推進すること/(3)老若年齢を問わず、すべての人々に、その健康な生活を確保すること、およびそのウェルビーイング(福利および安寧)を推進すること/(4)すべての人々に、包摂的で公平な質の高い教育を確保すること、および生涯学習の機会を推進すること/(5)ジェンダーの平等を達成すること、およびすべての女性と女子のエンパワーメントを図ること/(6)すべての人々に、水と衛生施設へのアクセスと持続可能な管理を確保すること/(7)すべての人々に安価で役立ち、持続可能で近代的なエネルギーへのアクセスを確保すること/(8)すべての人々に、持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用、およびディーセント・ワーク(働きがいと相応の報酬を伴う仕事)を推進すること/(9)強靭(きょうじん)なインフラを整備すること、包摂的で持続可能な工業化を推進すること、およびイノベーションを促進すること/(10)一国内における、および国家間における不平等を縮小すること/(11)都市と人間の居住地を包摂的、安全、強靭かつ持続可能なものにすること/(12)持続可能な消費および生産のパターンを確立すること/(13)気候変動およびその影響との闘いのために、緊急の措置を講じること/(14)海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全すること、およびそれらの利用は持続可能なものにすること/(15)陸上生態系を保全、修復し、その利用は持続可能なものにしてゆくこと、また、森林を持続可能な形で管理すること、砂漠化と闘うこと、土地の劣化を阻止して回復に転じさせること、および生物多様性の損失を阻止すること/(16)持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を推進すること、すべての人々に司法へのアクセスを提供すること、およびあらゆるレベルにおいて効率的で説明責任があり包摂的な制度を構築すること/(17)持続可能な開発のための実施手段を強化すること、およびグローバル・パートナーシップを活性化させること

 出所:国際連合広報センターのサイトなどによる。ただし、一部の文言および文体を編集にて改変。


 また、世界の人口増加や干ばつ等の頻発によって食料需給が逼迫(ひっぱく)するなか、近年は、国際食料価格の高騰が続き、食料安全保障の問題が注目を集めている。加えて、MDGsにおける母子保健に関する目標達成の進捗が遅れているなか、栄養分野の協力の重要性が高まっていて、2014年11月に世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)の共催により、第二回国際栄養会議が開催されるなど、農業と栄養改善の関係や連携の重要性が認識されるようになってきている。

 すなわち、農業農村開発分野は、ポスト2015の国際協力においても引き続き重点分野であるとともに、食料安全保障の確保や栄養の改善といった観点からも、ますます重要になってきているといえる。


2.日本国内における国際協力を取り巻く状況

 続いて、日本国内における国際協力を取り巻く状況に目を向けてみる。日本のODAの方針として、我が国の政府開発援助の基本理念や重点事項などを示した「ODA大綱(1992年策定、2003年改訂)」について、昨年から、有識者懇談会による検討や公聴会、パブリックコメント等を経て、本年2月に政府の閣議決定をもって、「開発協力大綱」として改訂がなされている。開発協力大綱においては、基本方針として、(1)非軍事的協力による平和と繁栄への貢献、(2)人間の安全保障の推進、(3)自助努力支援と日本の経験と知見を踏まえた対話・協働による自律的発展に向けた協力、を掲げている。

 さらに、重点課題として、(1)「質の高い成長」(包摂性、持続可能性、強靭性)とそれを通じた貧困撲滅、(2)普遍的価値の共有、平和で安全な社会の実現、(3)地球規模課題への取り組みを通じた持続可能で強靭な国際社会の構築、を示している。これらは、国際社会における昨今の潮流を踏まえるとともに、日本がこれまで培ってきた人づくりを重視した協力やオーナーシップの尊重、人間を中心とした協力の重要性、また、国際社会における日本の強みを活かした役割を果たす決意が込められていると考える。

 なお、これまでのODA大綱という名称から、開発協力大綱とすることで、パートナーシップとして開発途上国と地球規模の課題に共に取り組んでいくという視点と政府によるODA資金・活動のみならず、ODA以外の公的資金や企業や地方自治体、NGOをはじめとする多様なアクターによる資金・活動との連携も念頭に置いた開発協力の方針を示している点も、これまでの我が国の国際協力の取り組みや成果を振り返り、今後の国際協力を考えるうえで、注目に値する。

 また、農業分野における国際協力に関する最近の我が国の政策として、グローバル・フードバリューチェーン戦略がある。これは、今後、急速な成長が見込まれる開発途上国を含む世界の食市場を取り込み、我が国の食産業の海外展開と途上国等の経済成長の実現を図るため、官民が連携して、高品質・健康・安全等の我が国の「強み」を活かしたフード・バリューチェーンの構築を進めていくことを狙いとしたものである。このような政策も踏まえ、中小企業を含めた民間企業との連携強化を進め、開発途上国にも我が国にも益するWin-Winな国際協力がいっそう求められてきている。

3.JICAの協力動向

 我が国におけるODAの実施機関であるJICAとしては、上述した国際社会および日本国内の国際協力を取り巻く状況の変化を踏まえて、積極的かつ柔軟に事業を展開してきている。たとえば、JICAの事業展開の方向性として、(1)新興国・途上国と日本が共に成長する支援、(2)人間の安全保障と平和構築の推進、(3)国際連携の推進と国際援助潮流への取り組み、 (4)民間連携・国内連携の強化、 (5) 途上国における女性の地位向上と社会進出支援、を掲げている。

 国際社会におけるポスト2015開発アジェンダ、および我が国の開発協力大綱を踏まえながら、JICAのヴィジョンである「すべての人々が恩恵を受けるダイナミックな開発(Inclusive and Dynamic Development)」を実現するための取り組みを強化していきたい。そのために、JICAの協力の原点でもある人材育成などを通じた、開発途上国の社会・組織・個人の包括的なキャパシティ・ディベロップメントに引き続き取り組むとともに、国際機関・他ドナー、NGO、地方自治体、民間企業等の多様なアクターとともに連携を行い、新たな課題に対しても果敢にチャレンジをしていきたい。

 また、農業農村開発分野は、60年前に国際協力がスタートした当初から、日本が重視してきた分野である。かつては、東南アジアの国々を中心に、灌漑(かんがい)施設の整備や稲作技術の指導などを行っていたが、現在は、活動の舞台はアジアからアフリカへと広がり、持続可能な農業農村振興に向けた新たな事業展開に結びついている。具体的に、アフリカにおいては、JICAが世銀、FAO等の国際機関も巻き込み、リードしているイニシアティブ「アフリカ稲作のための共同体(CARD)」を通じた、サブサハラ・アフリカの農業生産性の向上に取り組んでいる。CARDでは、2018年までの10年間でコメ生産を倍増することを目指しているが、13年時点で59%増の2223万トンを達成するなど、順調に進捗している。

 また、女性農民の能力向上も視野に入れた「小規模園芸農民組織強化計画プロジェクト(SHEP)」として、市場の動向を見ながら野菜・果樹を計画的に生産し、収入の向上を図ろうとするもので、ケニアでは園芸所得増加などの大きな成果を出している。SHEPアプローチは、アフリカにおける他の国々からの要望も高く、それぞれの国の実情に合った形で面的な展開を実施中である。

写真1 SHEPの活動事例:農民自身が市場調査を行うことで、直接に市場ニーズを把握し、栽培作物の選定に役立てている
写真1	SHEPの活動事例:農民自身が市場調査を行うことで、直接に市場ニーズを把握し、栽培作物の選定に役立てている

 一方で、JICAが長く支援をしてきたアジアに目を向けると、インドネシアやタイ、マレーシアなどは順調に経済発展を遂げていて、農業の需要も、飢えを満たすという段階から、安全で安心な質の高い食の実現へとシフトしている。現在は、生産者から消費者に安全で質の高い農産物を届けるバリューチェーンの構築を、日本の民間企業のノウハウも活かしながら支援するなど、新しい協力の段階に入ってきているといえる。


 このようにJICAでは、農業農村開発分野において、長年の協力を通じた経験や教訓を活かしながら、新たな国際協力に取り組んできている。今後、国内外のダイナミックな環境の変化をとらえ、より付加価値の高い協力を行ってゆくうえで重要になる横断的な視点は、以下のとおりと考える。

● 気候変動対策
地球温暖化の進展が危ぶまれるなか、農業分野における温室効果ガスの排出量を減らすという観点からの緩和策、また、環境の変化に対応できる農業という観点からの適応策の双方の協力が必要。

● レジリエンス強化
干ばつや洪水といった自然災害に対する脆弱(ぜいじゃく)性の高い地域においては、災害に対する復元力や強靭性を強化するための取り組みを推進することが必要。たとえば、エチオピアにおいて、干ばつ対策として、天候インデックス保険の取り組みを開始している。

● 新技術の活用
日本の研究機関や民間企業の持つ新しい技術を、JICAがつなぐことで、開発途上国における課題解決に活用していくことを推進。たとえば、ITを活用した流通改善や植物工場など。

● 流通・バリューチェーン
農業生産だけでなく、生産から消費までの一連のバリューチェーン全体の構築や各段階の改善を行うことを意識した協力が必要。たとえば、インドネシアにおいて、民間企業と連携した流通改善の協力を開始している。

● ジェンダー
農業において、男女の役割は異なることが多く、それぞれの役割や意思決定の違いを意識した協力を行うことで、女性の地位向上や農家世帯の生計向上などの協力の成果が上がることが期待される。

● 栄養改善
個人レベルの食料安全保障の確保の観点から、タンパク質・エネルギー(カロリー)の不足のみならず、微量栄養素欠乏も考慮した農業分野からの栄養改善の取り組みが重要になってきている。

● 生活改善
開発途上国における農村地域での生計向上のためのアプローチとして、日本が戦後培ってきた生活改善事業の知見・経験を活用した協力を実施。具体的には、研修事業を通じた日本の現場視察など。

● 雇用の促進
「質の高い成長」のためには、農村地域においても雇用を生み出していくことが重要。市場志向型農業の推進などを通じた「もうかる農業」を展開していくことが重要。

● 専門性を超えた取り組み
地球規模の課題解決に向けて、農業農村開発分野のみの専門性ではなく、他の分野の専門性と連携・協働によるマルチ・セクトラルな協力が求められている。たとえば、気候変動対策や栄養改善など。

● 国内他機関との連携
NGO、地方自治体、研究機関、大学、民間企業等、それぞれの機関の強みを活かした多様なアクターと連携した国際協力の推進が重要。

● 援助協調
ポスト2015開発アジェンダの達成等、国際的な枠組みに基づく地球規模課題への対応が求められるなか、国際機関・他ドナーとの連携・役割分担がますます重要。

● 社会インパクト
協力の成果について、対象地域にとどまるだけでなく、地域社会や国全体に波及することを狙った協力の仕組みづくりが重要。

結びにかえて

 2015年という国際協力の節目の年にあたり、これまでの国際協力の成果や経験を振り返ることで、我が国の国際協力の特徴や強みが見えてくる。また、ポスト2015開発アジェンダで議論されている国際社会におけるさまざまな課題、地球規模の新たな課題に対して、我が国のODA大綱の見直しも踏まえ、All Japanで国際社会と連携をして、どのような国際協力を行うべきか検討する良い機会でもある。是非、この節目の年に、国際協力の関係者間で、我が国の国際協力の原点を振り返り、よりよい国際協力に向けて、未来志向で活発な議論を繰り広げ、ともに国際協力の新たな地平を切り拓いていきたい。

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