今後の農業農村開発協力について

農林水産省農村振興局整備部設計課     
海外土地改良技術室長 宮崎雅夫

1.はじめに

 1954年、わが国はコロンボ・プランに加盟し、政府開発援助(以下、ODA)を開始した。昨年は、ODA開始60年、人間では還暦を迎える節目の年にあたり、わが国のODA政策の基本方針を示す「ODA大綱」が2003年の改訂後、昨今のわが国や国際社会を取り巻く状況の変化を踏まえ、約10年ぶりに見直しがなされ、本年2月に「開発協力大綱」として策定された。

 農業農村開発協力(以下、NN協力)では、1959年にブラジル、キューバへのかんがい専門家の派遣を皮切りに協力が開始された。その後、1984年に当省でも構造改善局(当時)に海外土地改良技術室(以下、海外室)が設置されたことにより、NN協力の推進を図る省内の体制も整えられ、昨年は、設立30年を迎える節目の年でもあった。

 今年は、新たに策定された「開発協力大綱」のもと、NN協力も新たなスタートを切る年となる。そこで、これまでのNN協力の実績を踏まえつつ、今後のNN協力について私見を述べる。


2.これまでのNN協力の状況

 これまでのNN協力について、(1)量、(2)内容、(3)地域の3つの視点から見ると、次のようにまとめられると考える。

(1)量の変化(ODA予算・NN協力の増加と減少)

 ODA予算額は、開始されてから増加を続け、1997年には約1兆1700億円となった(当時の農業農村整備事業予算は、1兆2282億円で同様にピークとなっている)。その結果、89年にはアメリカを抜き世界最大の援助国となり、90年を除き、2000年までの10年間、わが国は世界最大の援助国となった。

 その後、ODA予算額は97年をピークに減少を続け、本年度は約5500億円とピーク時の約半分にまで減少した。世界での位置も、2001年にアメリカに抜かれ2位へ、06年にはイギリス、07年にはドイツ・フランスに抜かれ、現在は5位となっている(2013年暫定値では、フランスを抜き4位)。

 このような状況から、NN協力分野の資金協力・技術協力もODA全体と基本的には同様の傾向を示し、有償資金協力では90年代後半に新規採択案件数が10案件以上となっているが、その後減少し、最近では年間数件というレベルに低下している。技術協力においては、農村振興局からの専門家派遣者数でも、97年が76人と最大になっているが、昨年では47人と減少している。

図1 農村振興局からの地域別専門家派遣者数の推移
図1 農村振興局からの地域別専門家派遣者数の推移 グラフ

(2)内容の変化(建設から改修・管理へ、そして技術者から農民へ)

 NN協力の内容は、資金協力、技術協力も90年頃までは、かんがい施設の新設整備が中心になっていた。それ以降は、新設整備だけでなく、施設の復旧・改修や施設整備後の管理に関する協力も数多くなり、近年の技術協力案件では、持続的なかんがい用水の利用のための農民参加型水管理に関する協力が、多数実施されている。

 また、技術協力の対象者も変化している。上記のような協力内容の変化に応じ、施設の設計・施工に関する技術を政府職員(技術者)へ移転するとともに、現場技術者への研修を行うものから、農民による水管理や末端施設の整備のための技術や農民の水管理組織設立、組織運営を支援する政府職員へ移転するもの、つまり、最終的な技術の移転対象が政府職員から農民自身へと変化してきている。


図2 NN分野の技術協力プロジェクトのタイプ別案件数の推移
図2 NN分野の技術協力プロジェクトのタイプ別案件数の推移 グラフ
住民参加型:農民自らの参加による農業基盤整備事業及び農業支援活動を実証展示するもの、農民参加型水管理を行うもの
農業普及型:農業技術の普及員の育成を、訓練・研修センターを拠点に実施するもの
技術センター型:設計・施工に関する技術を政府職員へ移転するとともに、全国かんがい技術者への研修を実施するもの
農業開発型:農業開発に従事する現場技術者へ直接技術移転するもの
農業研究型:相手国試験研究機関、大学などへ試験研究に係る技術協力を実施するもの

(3)地域の変化(アジアからアフリカへ)

 NN協力においては、アジア、とくに東アジアが中心となっていが、その割合が低下し、アフリカをはじめとしてアジア以外の他地域での実施が増加している。とりわけ技術協力では、アフリカでの実施が多くなっているが、東アジアでの着実な経済発展の一方、アフリカの貧困削減には農業分野の発展が不可欠であり、援助のニーズが高いことや、わが国が主導しているアフリカ開発会議(TICAD)が、これまで5回開催されたことにみられるように、アフリカの開発を支援するわが国の積極的な姿勢の表れだと考えられる。


3.最近の動き

 国際かんがい排水委員会(ICID)や国際水田・水環境ネットワーク(INWEPF)といった国際的な枠組みや各種の技術交流、国際協力機構(JICA)による研修員の受入など、さまざまな形でアジアを中心として途上国政府のかんがい排水担当部局の職員と情報交換、意見交換を行う機会がある。そのような機会を通して、最近、途上国の関係者からよく聞く話題として、とくに次の(1)〜(3)がある。

 また、かんがい排水分野を含む水分野全体について関係者が一堂に会し、意見交換等を行う最大規模の国際会議として、1997年から3年に一度開催されている世界水フォーラム(WWF)がある。わが国でも2003年3月に京都を中心に第3回WWFが開催され、2万人以上が参加した。今年4月に第7回WWFが韓国で開催される予定で、そのプロセスが終盤にさしかかっている。WWF7では、さまざまな形、プロセスで議論が行われるが、その一つとして、水に関する分野毎に議論を行うテーマ・プロセスというものがある。WWF7では、16のテーマが設定され、その一つとして、かんがい排水分野について議論する「食料のための水」がある。国際的な議論の場において、かんがい排水分野ではどのような議論がなされるのか、それを(4)で紹介する。

 さらに、今回のODA大綱の見直しとも関連するが、わが国のODAを巡る動きとして民間との連携について、それを(5)で紹介する。


(1)農業の機械化

 「農繁期には人手が足りない」──これは最近、アジアの多くの途上国において、関係者から耳にする印象的な話である。経済的な発展に伴い、都市部への人口流入や進出した工場への従業員として、また、積極的に行われている公共投資の作業員などにより収入を得る方が、農業に従事するより高い収入を得られる状況になってきており、農業の機械化を積極的に進めようとしている状況が広がっている。

 このような状況から、わが国の圃場(ほじょう)整備に興味をもつ関係者が増えており、昨年末、技術交流で来日した東南アジアの政府関係者が現地視察で圃場整備地区を見学し、母国に戻った直後、大臣への報告や日本への技術協力の要請について、JICA専門家に相談があったと報告を受けた例もあった。かつてわが国がそうであったように、アジアでは確実に農業の変化、農業の機械化の波が押し寄せようとしており、それに応じた途上国のニーズの変化が出てきている。


(2)かんがい施設のマネジメント

 上記(1)の人手不足の話とは別に、よく耳にするのが「マネジメント」という言葉である。「マネジメント」は「管理」と訳すことが多いが、「建設」という意味の「コンストラクション」と対比や国内でもよく使われている「ストック・マネジメント」をイメージすればよいかと考える。

 アジアでは、基幹的なかんがい施設の整備がある程度進んで来ている状況のなかで、施設の老朽化への対応や、効率的な水配分などが課題となっている。また、途上国では、建設以降も基幹施設については政府が管理を行うケースがほとんどであり、わが国のように建設後、基本的には土地改良区に管理を移管するケースは非常に希なケースである。管理する施設が増加すれば、それに携わる職員も増加し、どこかの時点で合理化などに取り組む必要となることが想定され、これらも今後の課題であると考えられる。


(3)気候変動への適応

 最近、世界各地で洪水や干ばつなど極端な気象変動による自然災害が多発している。昨年11月には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次報告書統合報告書が公表され、第1作業部会報告では、「気象システムの温暖化については疑う余地がない」旨報告されている。

 地球温暖化は、農業生産に対して、CO2の濃度の上昇による収量増加というプラスがある一方、気温上昇による農地面積の減少や異常気象の頻発による生産量の減少などのマイナスの影響が懸念されている。開発途上国の関係者にとって、主要産業である農業に対する影響は大きな関心事であるとともに、重要な課題となっている。


(4)第7回世界水フォーラムでのテーマ

 WWF7でのテーマ・プロセスの16テーマで議論されるサブテーマは、昨年2月に韓国で開催されたコンサルテーション・ミーティングでの議論の結果出たサブテーマのうち、各テーマ内の関係者による更なる議論等のプロセスを経て、基本的には各テーマ5つ程度のサブテーマに絞り込まれ、最終的に決められたものとなっている。つまり、全世界のかんがい排水分野の関係者の意見を吸い上げて決定されたものではないにせよ、国際的な議論に関心を持つ関係者によって決定されたものであり、かんがい排水分野の今後の主要な議論のテーマが示されているものといえる。それが、以下の5つとなっている。

 (1)農業の持続的な水利用のための最適技術/(2)農業・環境のための水質管理/(3)かんがい排水システムの近代化/(4)持続性の向上のための環境変化への適応/(5)農業の水利用向上のための農民の能力向上、土壌管理、技術の利用の革新、統合


(5)民間との連携

 最近では、総理や大臣の外国訪問に併せて現地でセミナー等を開催し、わが国の民間企業もそれに参加し、民間企業の知見・技術を紹介するといった官民の連携が積極的に行われているが、一昔前では、海外の首脳ではなく、わが国の首脳の場合、このようなことはあまり頻繁にみられる光景ではなかったと記憶している。

 アジアを中心とする旺盛なインフラ需要に対応し、熾烈な国際競争を極めるインフラシステムの海外展開を、国としてあらゆる施策を総動員して支援するため、政府では「経協インフラ戦略会議」を官邸に設置し、ODAの戦略的・効率的な実施などを図ることとしている。一昨年5月には、官民連携して取り組むべき施策を示した「インフラシステム輸出戦略」が策定された。そのなかで、NN分野も「新たなフロンティアとなるインフラ分野の進出支援」の項目において、わが国の効率的な農業インフラシステム等の海外展開を、経済協力の支援ツールも活用して支援する旨位置づけられている。

 また、同様に一昨年12月に今般の農政改革のグランドデザインとして官邸で取りまとめられた「農林水産業・地域の活力創造プラン」においても、経済協力(インフラ整備、人材育成等)と民間投資の連携によるバリューチェーン構築を支援するとしていて、昨年6月には、「グローバル・フードバリューチェーン戦略」が策定され、ベトナム、ミャンマーでは具体的な戦略づくりが始まっている。

 今回のODA大綱の改定でも、開発途上地域の開発をODAだけが担うのではなく、民間の資金・活動との連携を強化し、開発の相乗効果を高める必要性がうたわれ、名称も「開発協力大綱」としたように、国内のさまざまなODAを取り巻く動きのなかでも、民間との連携は大きな動きの一つとなっている。


4.わが国の農業農村整備の歩み

 わが国の農業農村整備事業(以下、NN事業)は、国民、農業農村のニーズ、そして農政の状況等に応じて事業が展開されてきた。開発途上国、とくに東南アジアでは、国により状況は異なるものの総じて経済発展に伴い、上述の通り機械化の進展など、これまでとは異なる新たな状況に移行しようとしている。三菱総合研究所の資料によれば、わが国の1人当たりのGDPの推移と新興国の現状を見れば、わが国ODA(2012年)の最大の供与国であるベトナムや第3位のインドは1500ドル程度で、わが国の1960年代後半のレベル、東南アジアの援助の重点国であるミャンマー、カンボジア、ラオスは、わが国の60年代前半のレベルといった状況にあり、今後の更なる増加が見込まれる。

 途上国が今後、わが国と同様の歩みをたどっていくことが想定され、現在、農業が新たな状況に移行しようとしていることから、昭和のわが国のNN事業の歩みを、非常に大まかながら振り返る。


図3 日本の1人当たりGDPの推移と新興国の現状
図3 日本の1人当たりGDPの推移と新興国の現状 グラフ

注: 日本以外の1人当たりGDPは2012年時点

出所: 三菱総合研究所のサイト(World Bank, World Development Indicators, IMF, World Economic Outlookより三菱総合研究所作成)


(1)食料増産

 1960年頃までは、戦後の食料不足の克服のため食料増産が大きな課題であり、農業農村整備事業は、愛知用水事業、八郎潟干拓事業、篠津地域泥炭地開発事業など、今まで農業ができなかった広大な地域を開発する、大規模プロジェクトが欧米の新たな土木技術を導入して開始されるとともに、水利施設の増設、改修などを行うかんがい排水事業を中心に事業展開が図られ、コメを中心とした食料増産に着実に成果をあげた。


(2)生産性向上と農業生産の選択的拡大

 1960年代、70年代はいわゆる高度経済成長の時期となるが、農政でも1961年に農業基本法が制定され、土地生産性の向上による食料増産の時代から、労働生産性の向上と農業の選択的拡大に向けた施策の展開を図ることとなり、NN事業では、大型機械の導入を図るため、未整形から30a区画を標準とする整備を行う圃場整備事業が63年にスタートした。


(3)農村の生活環境の整備

 コメの生産過剰時代を迎え、1980年に農政は総合農政に転換し、水田の汎用化やパイプライン化を中心とした畑地かんがい事業の実施が加速した。また、農業集落での非農家の増加など混住化の進展にもかかわらず生活環境の整備は遅れており、NN事業では、77年には農道整備事業の整理統合がなされるとともに、83年には農村集落から排水される汚水の浄化を行う農業集落排水事業がスタートした。

 このように、戦後、NN事業は、かんがい排水施設整備から圃場整備、そして、農道整備、畑地かんがい施設の整備などへの変遷がみられる。


5.今後の農業農村開発協力について

(1)開発協力大綱

 2月に閣議決定された「開発協力大綱」について、農業分野については、主に重点課題における「『質の高い成長』とそれを通じた貧困撲滅」に位置づけられ、そのなかで「バリューチェーンの構築を含む農林水産業の育成等経済成長の基礎及び原動力を確保するための協力を行う」としている。

 併せて、重点課題「地球規模課題への取組を通じた持続可能で強靱(きょうじん)な国際社会の構築」においても、「農地及び海洋における資源の持続可能な利用、健全な水循環の推進、食料安全保障及び栄養、(中略)等に取り組む。」としている。

 つまり、農業分野の協力、そして、バリューチェーンの構築のための上流部の重要な要素であるNN協力について、引き続き重点的に実施していくものであると考えている。

 また、実施体制については、先ほども述べたように官民連携、自治体連携について強調されているとともに、新興国等と連携した三角協力の連携についても述べられている。


(2)今後の農業農村開発協力

 NN協力は、これまで、開発途上国のニーズ等に応じて協力内容を変化させながら実施してきており、自然条件、地形条件等に応じた営農が行われている農業分野の協力であるNN協力は、今後とも地域の状況、ニーズに合わせて実施することが必要である。

 近年、NN協力を数多く実施しているアフリカ諸国など、かんがい施設の整備をまだまだ行っていく必要のある国から、アジアのように経済発展に伴い、機械化農業の進展といった営農形態の変化やかんがい排水施設についても、「コンストラクション」から「マネジメント」といった変化に対応していく必要がある国など、そもそも多様性のあるNN協力を、さらに多様な途上国のニーズに合わせて実施していく必要性が出てきている。

 今後、NN協力を実施するに当たり、これまで実施してきた協力の経験や成果を適切に蓄積し、これまでの類似の取り組みを踏まえ、関係者がそれを利活用できる仕組みを新たに構築していく必要がある。さらに、新たな途上国のニーズは、わが国の農業農村整備事業がたどってきた技術的な知見が、引き続き大いに利活用でき得るものであり、そのような点からも、これまでのNN協力の蓄積と同時に、わが国の技術を利活用できる状況にしておく必要がある。これには、官だけではなく、産、学が連携して取り組むことが有効であることは間違いのないところである。現在、海外室でもJICAと連携して、これまでの技術協力の成果や技術的な資料の蓄積について、改めて取り組みを始めたところである。

 また、最近のNN協力では、基幹的なかんがい排水施設の整備・改修を行う資金協力と連携して、わが国の経験を踏まえた水利組合の設立や、それによる末端かんがい排水施設の維持管理・水管理に係る技術協力を併せて実施し、事業の持続性を確保しようという協力が数多く実施されている。これまでの成果を活かしながら、さらに効果的な協力を行っていく必要がある一方、農業の機械化の進展など新たな途上国の状況の変化に応じた協力として、今後、換地制度など事業実施に係る制度を含めた圃場整備、水管理システムの導入など基幹的施設の水配分の公平化と効率化、施設のマネジメントの基礎となる情報通信技術(ICT)を活用した、かんがい排水施設の現状の把握などがあるのではないかと考えており、技術的な課題について検討を始めている。


 最後に、新たに「開発協力大綱」が策定され、NN協力も新たなスタートを切ることになる。NN協力に係る産官学の連携はもちろん、ICID、INWEPFなどのネットワークも有効に活用しつつ、わが国の経験・技術を活かしたNN協力を、さらに効果的・効率的に実施できるよう努めていきたいと考えている。


*本投稿文の内容や意見は、執筆者個人に属し、農林水産省の公式見解を示すものではない。

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