第5回アフリカ開発会議(TICAD V)に向けて
─平和構築の視点から農業・農村開発を考える─

独立行政法人 国際協力機構(JICA)
理事長室 室長(前アフリカ部長)
(たんぼ) 伊智朗

はじめに

 2013年6月1日〜3日の3日間、日本政府・横浜市がホストをして、5度目のアフリカ開発会議(Tokyo International Conference on African Development: TICAD)が横浜市で開催される。TICADは、アフリカ各国から首脳級の参加者を得て、アフリカ開発を議論する国際会議である。第5回会議(TICAD V)は、1993年に第1回会議が東京で開催されてから20周年を記念する会合でもある。


1. TICADの歩み

 1993年第1回会合から、現在に至るTICADの主要な成果(1)は、表1のとおりである。

表1 これまでのTICADの主要な成果

会議名 主要成果
TICAD I
(1993年)
「アフリカ開発に関する東京宣言」を採択。「アフリカ開発は国際社会が取り組むべき優先課題」として合意。
TICAD II
(1998年)
「東京行動計画」を採択。社会開発、経済開発、良い統治・紛争予防と紛争後の開発の政策が提示された。
TICAD III
(2003年)
「TICAD10周年宣言」と「TICAD議長サマリー」を採択。平和の定着、人間中心の開発、経済成長を通じた貧困削減が提示された。
TICAD IV
(2008年)
「横浜宣言」を採択。インフラ開発、農業・農村開発、貿易・投資、観光の促進、産業開発、人材育成などに注目。5年間のアフリカ支援ロードマップ「横浜行動計画」を発表。

 TICAD IIIまでは、貧困削減を必要とする大陸に国際社会の関心を維持、向上させることが底流にあった。「元気なアフリカ──希望と機会の大陸──」がテーマのTICAD IVでは、インフラ開発、貿易・投資・観光、農業・農村開発の促進を通じた経済成長をアフリカ開発の基軸として、成果文書「横浜行動計画」に明記された(表2)。

表2 これまでのTICADの主要な成果

1.
成長の加速化
1)インフラ開発、2)貿易・投資・観光、3)農業・農村開発
2.
人間の安全保障の確立
1) MDGs*の達成(コミュニティ開発、教育・保健)、2)平和の定着・良い統治
3.
環境・気候変動問題への対処
4.
パートナーシップの拡大
* ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals)(2)

 そして、各種公約の実施状況を毎年概観、評価するため、「TICADフォローアップ・メカニズム」が導入された。これまで、日本政府は、対アフリカODA倍増公約(3)も含め、横浜行動計画が設定した目標を着実に達成し、アフリカ各国政府は、その努力を高く評価している。


2. アフリカ開発の現状と課題(4)

(1)アフリカの多様性

 アフリカには54の国があり、地理的、気候的、植生・生態学的、民族的、宗教的に多様な大陸である。内陸国、資源国、紛争影響国、平和構築途上の国、経済・社会指標に表れるパフォーマンスの高い国や、貧困にあえぐ国、干ばつ・洪水などの自然災害を受けやすい国、民主化成熟度の高低など、多様化が進んでいる。

(2)好調な経済と課題

 2000年代に入り、資源価格の高騰などを背景に、約5%の経済成長を維持してきたアフリカは、アジアに次ぐ第2の成長市場となった(表3)。多額の民間直接投資が流入し、アフリカの経済成長を牽引した(5)

表3 国際通貨基金(IMF)による世界の経済成長率見通し

(単位:%)
地域・国 2011年実績 2012年実績 2013年見通し 2014年見通し
世 界 3.9  3.2  3.5  4.1 
アメリカ 1.8   2.3   2.0   3.0  
日 本 -0.6   2.0   1.2   0.7  
ユーロ圏 1.6   -0.2   0.2   1.4  
中 国 9.3   7.8   8.2   8.5  
アジアの発展途上国 8.0   6.6   7.1   7.5  
ラテンアメリカ
・カリブ
4.5   3.0   3.6   3.9  
中東・北アフリカ 3.5   5.2   3.4   3.8  
サブサハラ
・アフリカ
5.3   4.8   5.8   5.7  


 アフリカの人口増加に伴う人口ボーナス期待、天然資源ブーム、東アフリカ共同体などの地域経済統合の進捗により市場が拡大し、経済成長が進んでいる。この成長は、2008年のリーマン・ショックや2011年からの欧州債務危機の影響を受けたが、すぐに回復している。その結果、努力の余地はあるが、1人当たり日額1.25ドル以下の貧困人口率が減少している(図1)。

図1 1人当たり日額1.25ドル以下の貧困人口率(1990年と2008年)
図1 1人当たり日額1.25ドル以下の貧困人口率(1990年と2008年)
出所:World Databank, "World Development Indicator"より筆者作成。


 他方で、(1)経済成長に伴い地域、国、コミュニティそれぞれのレベルにおいて格差が拡大していること、(2)紛争、自然災害に伴う食料不足、難民発生などの負荷が経済社会の脆弱性を高めていること、(3)格差が拡大していることや脆弱性が高まっていることは、政治的不安定や自然災害をトリガーとして、紛争の発生・再発を誘引している。

 これらの事情を踏まえて、TICAD IV以後、包摂(ほうせつ)性(inclusiveness)の考え方が強調され、東日本大震災以後、災害に対する強靭(きょうじん)性(resilience)がアフリカ開発に必要であるという考えが主流となってきた(6)。これは、災害の復旧・復興のコストに比べ、その予防コストの方が低いという経験知に基づいている(7)

(3)農業開発の課題

 アフリカの農業は、「世界開発報告」(2008) (8)によれば、総雇用の64%、GDPの34%を占めている。一部の国を除き、長期的かつ継続的な財政投入を必要とする農業開発に十分な資源が向けられておらず、その理由として、短期的な利益期待案件への資源偏重、物流を妨げるインフラの未整備などもあり、アフリカ農業は低迷している(9)

 「元気の出る国際協力」を打ち出した国際協力機構(JICA)の田中明彦理事長は、2012年5月のタンザニア、ケニア視察を踏まえ、「アフリカの経済成長を持続的なものとしていくためには、農業の活性化が鍵の一つ」と主張(10)。タンザニアでは、キリマンジャロ州において、灌漑稲作の普及によるコメ生産の拡大、生産性の向上が図られ、それが全国に展開をしていること、ケニアでは、農民組織化を通じて市場志向型アプローチが農家の所得向上につながっていることを、同理事長が実感したからである。そして、携帯電話が、市場情報の入手、金融利用も含めさまざまに使われていて、農業を含めた経済・社会の変革を進めている。

 一方、国際開発ジャーナル社の荒木光弥主幹は、国家の基盤が何かを議論せずアフリカ開発が語られていることを危惧している(11)。同主幹は、農業開発のポテンシャルがあるにも拘らず、アフリカの食料問題は人口増大とともに重大な社会問題となりつつあること、増大する若年人口をすぐに第2次産業で吸収するには無理があること、そして、国家は農民を主体とする農村社会の健全な発展に支えられており、農村社会の凋落はその国の凋落にも通じること、を警告している。
 堀内伸介元ケニア大使は、国連開発計画(UNDP)の「アフリカ人間開発報告書─将来の食料安全保障にむけて─」にて、アフリカ農業開発に関する多様な政策提言があることを紹介(12)。同元大使は、この政策提言を評価しつつも、1992年に国際農業開発基金(IFAD)が発表した“The State of World Rural Poverty”の政策提言とほぼ同内容であり、20年間、アフリカも国際社会も何をしていたのか、と疑問を呈している。

3. アフリカ開発の最重要課題:平和と安定

 第2次世界大戦後の紛争件数は、アジア地域並びにアフリカ地域に集中し、この2地域が多くの紛争を経験(この2地域で世界全体の半数以上)している(表4)

表4 地域別の世界の紛争件数
地 域 1990 1995 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
アジア 21 16 17 14 12 15 14 16 15 14 15 15 12
アフリカ 13 10 15 15 15 10 10 7 10 12 13 12 9
その他 16 15 5 7 5 5 8 9 8 9 9 9 9
世界合計 50 41 37 36 32 30 32 32 33 35 37 36 30

出所:Lotta Themner & Peter Wallensteen, Journal of Peace Research, July 2011, vol. 48, no. 4 より筆者作成。

 アフリカ各国首脳は、紛争への対処を遂行する政治的意志を有している。日本政府は、TICAD発足当初から一貫して、紛争への対処をアフリカ開発の重要事項としている。TICAD IIIにて採択されたTICAD10周年宣言(13)は、平和の定着と紛争の終結は、アフリカの能力と資源を経済成長と持続可能な開発に注ぎ込むために不可欠とした。

 TICAD IV以降、2011年に南スーダン独立という良いニュースがあるなか、南北スーダンの国境紛争、ソマリアの国際的認知と未解決の海賊問題、干ばつに伴う難民の流出および国内避難民対策、コートジボアールの平和回復とその過程における紛争再発、コンゴ民主共和国東部地域の長引く混乱などの悪いニュースがある。2011年の「アラブの春」と北アフリカの不安定化、マリ北部紛争と本年1月に発生したアルジェリア人質事件は記憶に新しい。

 TICAD Vでは、アフリカの平和と安定を基軸とした開発戦略を首脳レベルでコミットし、国際社会に表明する必要がある。アフリカ開発は今後も経済成長の加速を志向するが、ソマリアやマリの現実を無視してはアフリカ開発を議論できない。紛争の原因となる貧困問題や格差に対処する必要がある。

4. 農業・農村開発を通じた平和の構築

 平和と安定はアフリカ開発の重要課題である。その課題解決の糸口は、農村コミュニティの再生と健全な発展にある。農業・農村開発を通じて、平和と安定がどのように担保されるのか、具体的事例を紹介したい。

(1)経済回廊開発

 この開発は、国境を越える広域インフラ整備などを通じ、地域全体の市場拡大による経済成長と、その結果として持続的な貧困削減を可能とするものである。市場の拡大は、日本企業の進出機会拡大にも資する。経団連の提言書(14)でも、アフリカの回廊開発促進を謳っている。

 経済回廊開発は、経済成長に伴う格差などの紛争要因を助長しないよう配慮しつつ、紛争要因を積極的に取り除く施策を提示することも可能である(15)。広域インフラ開発により農業などの産業創出、地域経済市場の拡大が期待されるが、間接的には、紛争や自然災害に影響を受ける脆弱国が、国内と周辺地域へのアクセス改善により経済社会の強靭性を高め、平和の構築に資することにもなる。

 このような取り組みは、すでにモザンビーク北部地域のナカラ回廊開発で実施されている。国際協調・連携の枠組みの下、港湾、道路、鉄道の整備が計画され、大型の農業投資が日本・ブラジル両国企業を中心に計画されている。当該開発地域で小規模農業従事者が開発の果実を受け取れるよう、ブラジル政府と連携しつつ、JICAは適正作物品種の試験研究と並行し、市場・流通の現状と将来予想などの基礎データ収集から政策提言までを目指したマスター・プラン調査を実施している。これは、開発を通じた経済成長の負の影響に配慮しつつ、小規模農業従事者の生計向上を図る施策を提示する好事例である(16)

(2)コミュニティ開発分野の教訓

 JICAは、サブサハラ・アフリカ地域の技能・職業訓練とコミュニティ開発支援の2分野での事業経験を整理し、2011年7月に国連平和構築委員会教訓作業部会で、その成果を発表した(17)。発表した教訓7項目のうち、コミュニティ開発分野の教訓は、コンゴ民主共和国とウガンダでの事業経験をまとめたもので、「コミュニティ・インフラの復興、新設の重要性」、「コミュニティ間の和解には、社会資本の復興が必要」の2項目が主に該当する(18)

 紛争後または紛争影響下にあるコミュニティは、行政サービスがないか、ほとんど期待できない。その場合、コミュニティの再生、復興を行うのは容易でない。道路などのハード・インフラが復興あるいは新設できたとしても、それらの維持管理ができなければ、インフラが使えなくなるのは時間の問題である。維持管理するための組織を作り、その組織の能力を高めることが必要となる。維持管理の技術だけでなく、管理人などの人的な手当、維持管理費の調達と執行を含む維持管理のシステム作りが重要である。コミュニティにおける、これらの社会資本(Social Capital)(19)の復興、つまり、ソフト・インフラの復興なしには、ハード・インフラの利用価値は低下する

 ハードとソフトのインフラを車の両輪のごとく復興し、コミュニティ再生のための前提条件を緊急に確立しておく必要がある。そのうえで、当該コミュニティと周辺地区の開発計画策定を行い、本格的な事業実施を検討する必要がある。

 コンゴ民主共和国にてJICAが実施した、アンゴラ難民の流入により疲弊したコミュニティの再生計画策定事業を担当したNTCインターナショナル株式会社の岩本彰社長らは、日本沙漠学会で次の通り紹介している(20)。「紛争後の国や地域では行政機関の能力や財政基盤が脆弱であることから、地域住民を道路改修後の維持管理作業に参画させることにより、新たなるコミュニティの創設と紛争への体制強化を図るモデルを提案する(中略)、紛争後の復興支援を実施するための国際協力の必要性はさらに増加することが予想され、(中略)安定と開発に資することを切望」。

 このコンゴ民主共和国(21)での事業経験は、現在、シエラレオネ(22)、ウガンダ(23)、ブルンジ(24)などで類似するJICA事業に、それぞれの現場事情に応じて活用されている。
 現場では、何をすべきか(What)のみならず、具体的な手法(How)が求められている。紛争影響国・地域で、よりいっそう効果・効率的な協力を行うため、さらなる調査研究を通じ、コミュニティ開発支援の理論化、一般化を行う必要がある。

あとがき

 TICAD Vに向け、アフリカ開発における平和と安定の重要性、農業・農村開発の具体的な事例を通じた解決方策を紹介した。

 アフリカ開発全体を議論するTICADは、5年に1度首脳レベルでの概観、評価を行う貴重な機会である。私見であるが、ポストTICAD Vを見越し、アフリカの多様性や地域特性を熟慮のうえ、TICADプロセスでは、地域経済共同体をベースに、経済回廊開発や平和構築支援のより具体的な取り組みを議論することが必要と考えている。

前のページに戻る