農村開発とイノベーション

アメリカNPO法人 コペルニク 共同創設者・CEO 中村俊裕

はじめに

 筆者は、発展途上国の最貧困層のニーズを満たすような、シンプルなテクノロジーを、もっとも必要な人々に届けるという活動を、コペルニクというNPOを通じて行っている。その活動に至るまでの問題意識とコペルニクの活動について紹介し、今後の農村開発にイノベーションを起こしていく必要性について論じてみたい。


1. 政府開発援助(ODA)の改革

 先進国政府と発展途上国政府をつなげる政府開発援助は、第2次大戦終結後70年近くにわたって行われ、多様な国の発展に寄与してきた。国連開発計画(UNDP)などのODA関連機関にいると、多くの国の大臣レベルと関係を築き、国家開発戦略や、省庁変革、環境プロジェクトなどの国家の命運を分ける重要な任務に大きく関わることが多い。こういった仕事は主権国家が集まって組織した、国連という、中立的な国際機関ならではの仕事の醍醐味である。実際、私もUNDPに勤務していたときは、途上国政府のトップとのハイレベル政策議論や重要プロジェクトにかかわることは日常茶飯事であった。

 一方、課題も多く、政府開発援助業界(業界:本稿ではいわゆる「業界」ではなく、関連する国際組織および産官学などを指している)の内側からも健全な問題意識が出始め、改革案が出ている。たとえば、「開発援助は、地球規模・そして国レベルでの目標がはっきりしていないので、インパクトが測れず、説明責任が曖昧である」という問題意識に対して、2000年のミレニアム宣言採択から、ミレニアム開発目標(MDGs) の設定が行われ、定期的に進捗状況の調査・確認が行われた。そして、現在は2015年に期限が切れるMDGsの後に続く枠組みが議論されている。

 また、「援助国側から被援助国側への押し付けが多く、援助を受ける国が本当に必要とする支援がなされていない」という問題意識のもとに、パリ宣言*1が採択され、被援助国側のオーナーシップ(主導体制)を強調するなどの改革案が出てきている。

 国連のレベルでいえば、「各機関がそれぞれに連携することなく活動しているため、国連に流れる資金や国連としての競争優位が最適活用されていない」という課題認識から、「一つの国連(Delivering as One)」の取り組みが始まり、国連内の調整機能強化や多国間信託基金の活用が促進されている。これに関連し、「教育や保健、農業などの支援をばらばらに実施するものだから所期の効果が上げられない」という問題意識に端を発し、同じ対象地域で包括的な支援を同時に行い、相乗効果を期するミレニアム・ビレッジ*2などがある(表1)。

表1 政府開発援助における問題意識と改革

問題意識
効果的な開発援助に向けた取り組み
目標が明確でないので、援助のインパクトが測れず、説明責任が曖昧。 ミレニアム開発目標の設定と進捗状況の調査・確認
援助国側からの押し付けが多く、被援助国側が本当に必要とする支援になっていない。 パリ宣言などを通じた改革案とその進捗状況の調査・確認
国連内で連携が取れていないために、国連に流れる資金が重点分野に効率的に使われていない。 「一つの国連」や現地レベルでの調整機能向上、信託基金の活用などを通じた国連改革
教育や保健、農業などの支援がそれぞれに、連携なく実施されるために、所期の効果が得られない。同じ対象地域において、包括的な支援を同時に実施すると、相乗効果が期待できる。 ミレニアム・ビレッジ

2. 政府開発援助の内部改革にとどまらない構造転換

 これらの政府開発援助業界の内部改革を推し進めることは非常に重要である一方、伝統的にその外にいたアクター、つまり人々や組織を、より効果的に取り込み、貧困削減のアプローチにイノベーションを起こしていく必要があると私は考える。事実、いままで貧困問題解決に積極的に参加してこなかった大学、民間企業、技術者、一般個人などのアクターが、多様な新しいアイデア、解決手法を生み出し、開発援助の業界で確実に地殻変動が起きている。

 たとえば、大学発のイノベーションがある。マサチューセッツ工科大学やスタンフォード大学などの大学から、多くの発展途上国向けの解決手法が生み出されている。途上国自体からも、Lemelson財団などの支援を受けてRAMP ( Recognition and Mentoring Programs ) IndonesiaやRAMP Indiaといった、大学での適正技術開発に関する授業が存在し、自国における社会問題解決のための技術開発を促進している。これは、従来の大学教育で典型的であった「国連やODAの仕組みについて勉強する」というアプローチと異なり、いままでの開発援助業界では生まれていない、新しい解決手法を自ら生み出すという非常に積極的なアプローチである。

 また、Base of Pyramid (BoP)*3という言葉が浸透してきたことが示唆するように、発展途上国を新たなビジネスチャンスととらえ、水・衛生、保健、環境・エネルギー、教育、農業などの分野において、企業が途上国向けの独自の解決手法を開発するケースが多く出てきた。もっとも数が増えてきているのが、いまや途上国向けソーシャル・ビジネスの代名詞ともなってきたd.light などが製造・販売する太陽光発電ランプである 。

 その他、安価な水の浄化器具、薪の使用量と煙の量が激減する調理用コンロなど、いままで営利企業が目をつけてこなかった、発展途上国の市場に対する技術・製品・サービスの開発が活発になってきている。日本の企業は少し出遅れているが、国際協力機構(JICA)や日本貿易振興機構(JETRO)などの公的機関の支援も始まり、近年、多くの企業が途上国向けの商品づくりに興味を示し、実際に試作品や販売用製品が徐々に出現し始めている 。

 さらに、いままで開発問題に直接関わりを持たなかった人たちが、特別なスキルや技術がなくとも、開発問題の解決に直接参加できる仕組みもできてきている。オンライン・ギビング・マーケットプレースと呼ばれるKiva(スワヒリ語で調和や相互理解、あるいは紐帯などといった意味) やグローバル・ギビングは、政府対政府という税金を介したODAの仕組みに乗らずとも、個人が国際開発に参加できることを証明した。そして、その規模も小さくはない。Kivaのウェブサイトによると*4、2005年に設立以来、90万人以上の個人などから約4億ドルのローンを集め、発展途上国のマイクロ・ファイナンス機関を通じて、100万近くの人々に小規模のローンを提供している。国連開発計画(UNDP)のコア資金に対する日本政府の拠出金が2008年に7000万ドルであったことを考えれば、その規模は測り知れるにちがいない。

 実際、マクロでみても、たとえばアメリカの寄付市場は年間3000億ドル近くと非常に大きく、そこから国際問題分野に流れる寄付は、そのほぼ4%の100億ドル以上となっている。これは、日本のODAが106億ドル(2011年度)*5ということを考えても、非常に大きな金額であることがわかる。寄付文化が根付きにくいといわれる日本でも、寄付文化を拡大するための取り組みが多く始まり、大きな可能性を秘めている。

 2国間援助機関や国際機関がこういった新しいアクターと協業をするというのは、まだまだ例が少ない 。このことは、裏を返せば、こうした人的資源や財政的資源を的確に活用することによって、発展途上国問題のより効果的な解決へとつなげる機会があるということになる。


3. 「専門家」の落とし穴

 ここで少し脱線して、いわゆる「援助の専門家」だけで問題を解決しようとすることの落とし穴について述べたい。開発分野での長年の経験というのは大いに役立つことである。しかし、「経験年数」や「専門性」にとらわれすぎると、新しいアイデアが生まれにくくなるというのも事実である。この「専門性とイノベーションのジレンマ」について、示唆深い例がある。

 イノベーションとインセンティブを組み合わせた造語からなる、イノセンティブ(Innocentive)という会社は、いままで内部で行ってきた企業の調査研究をオープンにして、社外の人的資源によって解決する仕組みを生み出した。Crowd Sourcing(大衆へのソーシング:一般市民の活用)ともよばれる手法で、優れた大学の博士号をもつ社内の多くの研究員で解けない問題を、一般公募で解いてもらうのである。そして、もっとも適した解決手法を提案した人に賞金を与える。

 2001年に設立してから、1000以上の課題を「大衆」に問いかけ、それに対する約2万の解決策のアイデアを得ている。平均して、提出された解決策の約30%は、企業が満足するような成功解を導き出しているという*6

 ここで興味深いのは、「優れた解決策を出す人は、その分野からもっとも離れた分野を専門とする人だ」ということである。つまり、その道の専門家でない人が、関係のない分野の知識・知恵を駆使して、創造的な解を出してくるのが多いということである*7 。これはいかにも直観に反しているが、「閉ざされた」開発援助の分野に大きな意味をもつであろう。

 開発援助の世界は、政府官僚、外交官、国連官僚で占められる、非常に狭くかつ閉ざされたものでもあった。この中だけで貧困削減の解決策を探すよりも、私は、(私も含めた)国連機関や国際開発NGOで働く「どっぷり開発援助専門家」以外に、多くのアクターをより積極的に絡めることで、イノベーションが起こり、貧困削減という人類のもっとも重要な課題の一つを、地球上の人的・財政的・自然資源を的確にフル活用して解決できると考えている。


4. コペルニクの活動

 いままで、閉鎖的で、内部の変革を中心に議論されてきた開発援助業界であるが、近年、さまざまな「非伝統的」アクターが増加し、援助業界に非常にポジティブな地殻変動が起こっている。この流れをどのように加速させ、さらなるイノベーションを喚起できるのであろうか。

 筆者自身、UNDPで働きながら、現在の人類における最重要課題の一つである貧困問題をどのように、より効率的に解決できるかを考えてきた。そこから、発展途上国の最貧層の人たちの生活を改善するため、現地に根ざしたテクノロジーを届けるコペルニクというNPOを立ち上げた。ソーラーライト(写真1)や燃料効率のよい調理用コンロ(写真2)、浄水器(写真3)、太陽光で再充電できる補聴器など、誰でも簡単に利用できるシンプルなテクノロジーをテコに、「民間・大学から生み出される解決手法」と「途上国の人々」と「個人の寄付者」をオンラインでつなげる活動をしている。

写真1 ソーラーライトの元で勉強をする子供(東ティモール)
写真1 ソーラーライトの元で勉強をする子供
(東ティモール)
写真1 調理用コンロ(インドネシア)
写真2 調理用コンロ
(インドネシア)

写真3 浄水器からの水を飲む女性(インドネシア)
写真3 浄水器からの水を飲む女性(インドネシア)

 コペルニクはそのプラットフォームとして世界中からテクノロジーと支援者を募ることによって、創設からわずか3年半で約60のプロジェクトを成立させ、11か国のおよそ9万人を支援する実績を上げることができた。非伝統的アクターと伝統的アクターをつなげることから、イノベーティブな貧困問題解決のアプローチが生まれ、途上国の発展を促すことを目的としている。


5. 発展途上国向けテクノロジーの効果

 こうしたテクノロジーを発展途上国の貧困層が暮らす地域へのラストマイル*8に乗せると、どのような「変化」が起こるのかを、いくつかの例を見ながら紹介したい。

 コペルニクは、東ティモールのオクシ県でソーラーライト普及プロジェクトを行った。プロジェクト開始前は、このコミュニティの世帯の95%が主に灯油で夜間に明かりを灯して、月平均14ドル近くを灯油に費やしていた。灯油ランプというのは、電気の通っていない村で一般的に使われている明かりであるが、高い(経済的でない)、危ない(火事の危険がある)、健康に悪い(有害な黒い煙が出る)、環境に悪い(化石燃料の燃焼によって多量の二酸化炭素が排出される)と、まさに問題づくしの明かりである。

 そして、この普及プロジェクトの対象となった世帯の月間平均支出は約70ドル。世帯の平均人数は5.2人なので、1人当たり1日50セント以下で暮らしていることになる。国際的な最貧困の水準が1日1.25ドル以下ということを考えても、このコミュニティがどれほど経済的に貧しいかがわかるであろう。

 このプロジェクトを通じて、いままでに3000個以上のソーラーライトを貧困層の世帯に導入してきた。その結果、灯油ランプの薄暗い明かりを、煙の出ないLEDの明かりに転換したのみならず、灯油への支出が月平均1ドル以下に減った。つまり、灯油への支出が94%も減少したわけで、これによって13ドルの可処分所得を得たことになる。月額13ドルは日本人にとっては非常に微々たる額かもしれないが、この地域で1世帯が毎月支出しているお金の約20%に相当する。この燃料支出削減による、世帯への経済的インパクトは非常に大きい。

 しかも、発展途上国向けのテクノロジーの意義は、これらの「直接的効果」だけではない。たとえば、前述の東ティモールのソーラーライト普及プロジェクトでは、ソーラーライトが手に入ったことによる、さらなる「波及的効果」も多く観察された。途上国の女性の収入の多くは、主に織物、マット、かごやロープを作ることから得ている。コペルニクの調査で、全55世帯のうち、「夜間にこうした仕事をしている」と答えた世帯は、ソーラーライト導入前は8世帯であったが、導入後は23世帯と大幅に増加した。

 また、「日没後にウシ、ブタやヤギといった家畜の世話をする」と答えた世帯も、24世帯から42世帯へと増加した。いままでは家の周りが薄暗いために、何もできなかった夜間の経済的利用価値が飛躍的に向上した、といえるであろう。また同様に、夜間に子供たちが勉強する時間も増えている。

 さらに、ラストマイルにテクノロジーを普及する「過程(プロセス)」でもインパクトがみられた。インドネシアでは、主に女性グループを通じてテクノロジーの普及を行っているが、この際、コペルニクは女性グループに対してセールストレーニングや修理対応など、さまざまなトレーニングを行っている*9


6. 日本企業発のイノベーションを促進

 実際、この開発援助業界の外のアクターを積極的に巻き込んでいくという流れには、勢いがついてきている。数年前までは、欧米の学者が書いた総論の翻訳書や、シンクタンクが2次・3次情報をまとめた報告書を読んで、発展途上国とはこういうものかという理解をすることで精一杯の様子であったが、最近では具体的に調査なり、ビジネス展開なりを行う国を決め、何度か現地にも調査に行き、具体的な途上国ビジネスの絵を描き始めようとしている日本企業が増えている。しかも、都市部ではなく、農村部を対象としている企業も多い。

 たとえば、衛生関連製品を発展途上国に拡大することを目指し、東南アジアをターゲットに市場調査を開始しているメーカー。また、ある教育関連企業は、グローバル展開の一環として、アジアでのビジネスを模索している。さらに別の企業は、途上国向けのエネルギー関連商品の投入試作版をデザイン・製造し、アジアでの市場開発に向けた試験導入を行っている。コペルニクもこのような企業に対して、アドバイザリー・サービスを提供している。

 こうした状況から、日本企業の発展途上国ビジネスが下準備の段階を終え、実地調査段階に移ったといえる。また、JICAやJETROなどの独立行政法人も支援メニューを用意し、財政面と情報面で企業の支援を開始している。日本企業による途上国市場の理解は、相当に高まってきたように感じる。そして、こうした企業の農村開発への参画という傾向は、今後、さらに加速するものと考えられる*10


結びにかえて

 発展途上国の農村開発支援は、日本のODAがもっとも注力してきた分野の一つといえる。今後は、開発関連の機関だけでなく、日本の企業もより積極的に巻き込み、より効率的な支援を行っていくことが望まれる。

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