住民とともに
バングラデシュの農村開発を担うLGED

バングラデシュ地方行政技術局 農村インフラ開発アドバイザー
   国際協力機構(JICA) 派遣専門家 国安法夫

1.はじめに

 皆さんはバングラデシュと聞いて、どのようなイメージを思い浮かべられるであろうか。「昔の東パキスタンが独立してできたイスラム教の国」、「アジアで一、二を争う最貧国」、「サイクロンや洪水で一面水浸しの国土に過密な人口が溢(あふ)れている国」というのが、赴任前の私が抱いていたイメージであった。さらにいうと、同国で小規模水資源開発事業が始まっていると出国前に聞いた時も「あれほど水が多い国で、灌漑のニーズがあるのだろうか?」と、疑問符付きで着任してきた。


2.バングラデシュの農業・農村開発

 バングラデシュでは総人口の2/3が農村部に住んでいて、農業・農村の発展が国民の食料確保や貧困削減を実現するための最重要分野といわれている。また、地図を開いていただければわかるが、ボッダ(ガンジス)、ジョムナ(ブラマプトラ)、メグナという3つの国際河川が合流するデルタに位置し、国土の9割が標高10m以下という低平な沖積地帯である。このため、日本のように山から岩石や砂利が供給されず、川底にあるのは砂ばかり。建材には広くレンガが使用されているため、水田の表土を剥いでレンガを焼く工場が国内いたるところに立ち並んでいるし、コンクリート骨材の代用品として、子供たちが山と積まれたレンガを細かく砕いて供給している(写真1)。

写真1 ひたすらレンガを砕き続ける少年
写真1 ひたすらレンガを砕き続ける少年


 毎年、雨期(5〜10月)には日本の洪水とは趣が異なる「時間をかけて少しずつ水位が上昇する洪水」が隣国の雨も集めてやってくるうえに、河川の流下能力不足や排水不良のため国土の1/4が湛水する。一方で、乾期(11〜4月)には雨量が少なく、主な水源である国際河川の上流では隣国がほとんど全量使い切りバングラデシュへの流入量がほぼ無くなってしまうため、たびたび干ばつが起こり、農業生産に大きな影響を与えている。農業ばかりではなく、雨期には道路・住宅も冠水するなど生活面も含めた社会基盤全体が被害を受け、道路網の寸断により孤立する地域が出るなど、地方都市や集落間の流通機能や経済活動にも大きな影響が出ている1)

 これらを解決するため、バングラデシュ政府は1984年に農村開発戦略、2001年に国家農村開発政策を制定し、食料増産・農業の多様化・食料自給の維持並びに栄養改善を目的として、農業・農村整備の強化をうたっている。とくに、農村における安定した農業生産や農産物の流通を確保するための農村社会基盤の整備を進めるとともに、灌漑排水施設の整備により土地利用率を高めることによって、限られた農地での生産性向上を図ることが緊急の課題となっている。

 バングラデシュにおける主要な農作物はコメであり、1人当たり年間平均150kgという旺盛な消費量に対応するため、土地や水などの条件が整った場所では、雨期の前後に行われる補給灌漑稲作と乾期に行われる灌漑稲作の3期作が行われている。このため、土地利用率は現状でも177%に達していて、雨期の洪水対策と乾期の干ばつ対策の推進、さらには営農技術の向上、市場アクセスなどの流通改善によって、コメを中心としつつも、多角的な食料増産方策が必要とされている2)


3.LGEDとは

 私が現在勤務している地方行政技術局(LGED:Local Government Engineering Department)は、地方における農村開発、都市開発および小規模水資源開発という3大事業の推進とそれを支える地方行政組織への技術支援を目的として、1992年8月に地方行政農村開発協同組合省の一部局として設置された機関である。前身の機関から引き続いて就任したシディック初代局長(故人)は、LGED創設に当たり、研修で日本に行った際に学んだ農林水産省構造改善局(現在の農村振興局)およびその出先機関の効率的な組織形態、業務遂行方策をバングラデシュに導入しようとし、上部機関や関係部局の抵抗を排しつつ、今日の効率的なLGEDを創り上げた功労者として知られている3)

 今でも、部長以上の局幹部の部屋を訪ねると机の上のガラス板の下に初代局長の写真を挟んでいる人、あるいは来客時に初代局長の功績を誇らしげに語り始める人がいるなど、随所に彼のカリスマ性が窺える。しかし、ただ過去の思い出にふけっているのではなく、創設以来、受益者をはじめとする地域関係者との意見交換や議論に基づくボトムアップ方式の計画策定を基本として、他の政府行政機関よりも機能的に各種事業を実施してきていることに、皆が誇りと自信を持って業務を進めている。タイの王室灌漑局(RID)やフィリピンの国家灌漑公社(NIA)と比較すると、国際協力関係者の間でさえ日本での知名度が低いと思われるが、ぜひ注目していただきたい機関である。

 LGEDが整備対象としている具体的なインフラ施設は、「農村開発事業」では農道・船着き場・村役場・市場・学校など、「都市開発事業」ではバスターミナル・市内道路・下水排水・スラム改善・給水・厚生施設、「小規模水資源開発事業」では洪水防御・内水排除・用水貯留・灌漑網整備・内水面漁業というような地域レベルでの社会基盤である。それに加え、事業実施を支える地方行政組織など関係者・機関の能力強化を進めているとともに、情報通信技術を活用した事業管理システム、気候変動対策を含む環境保全の取り組みをも重点的・先進的に推進してきている(図1)。

図1 LGED開発予算の内訳(2009-2010年度)
図1 LGED開発予算の内訳(2009-2010年度)


 バングラデシュでの公共事業は規模によって担当部局が分かれていて、道路整備においては、国道・県道が道路高速道路局、郡道レベル以下はLGEDと地方公共団体の所管になっている。また、水資源開発については、受益面積1000ha以上の大規模開発が水資源開発庁所管、1000ha未満の小規模開発がLGEDと地方公共団体の所管というように整理されている(National Water Policy 1999)。

 これら実施機関のなかでLGEDの事業遂行能力は国内外から高く評価されていて、バングラデシュの年間開発予算の約20%という巨費が割当てられていながら、執行率は例年他省庁(9割以下)よりもはるかに高い100%近い水準(2010ー11年度は99%)を保っている4)。その結果として、国内的にはかつて初等教育省が実施していた小学校の建設がLGEDに委託されるようになっていて、国際的な評価としても、数多くの援助国や国際機関がLGEDを実施機関として選択し、援助を実施してきている。

4.LGEDの特徴

 本稿では読者に理解しやすいようにLGEDのトップを局長と呼んでいるが、正式名称はChief Engineerと呼ばれる技術者であり、4人の局次長、総務部長を含む全ての部長も技術者という技術者集団である。単一職種の組織は、意思決定は素早いものの、とかく考え方が硬直的になりやすいという欠点があるが、LGEDは以下のように例外的ともいえる肯定的な特徴を有している。

 多くの発展途上国が地方分権を唱えて、地域のニーズに基づいた政策実施を目指しながらも、なかなか実現できないのが実態である。しかしLGEDは、1992年の創設以来、初代局長をはじめとする歴代幹部のリーダーシップと組織の意識改革に対するたゆまぬ努力によって、本局・地域事務所(10か所)・県事務所(64か所)・郡事務所(482か所)という4層構造の組織のなかで、1万人を超える職員の99%が本局以外の出先機関勤務(とくに郡事務所には88%が所属)という地方主体の組織を作り上げ、まさに地方重視を体現している。

 地方自治体の能力強化を業務の柱の一つにしていることもあり、組織が発足した当初から参加型意向確認調査の手法が広く取り入れられるなど、事業サイクルへの地域住民の参加についても配慮がなされている(写真2)。援助側の国や機関からの要請もあって、対話型の計画策定手法が広く採用されていて、政府機関としていち早く取り組んだGIS(地理情報システム)や中央と地方で情報を共有する事業管理システムなども計画段階から活用されている。

写真2 地域住民の意向確認調査
写真2 地域住民の意向確認調査


 さらに、業務実施形態としても工事発注は県事務所、監督は郡事務所というように分権化している。このことに加え、幹部から若手職員まで、本局と地方組織、事業実施と管理部門というように幅広く業務の経験をさせる人事管理を徹底させている。このため、本省だけに勤務する一部エリートに権限が集中している発展途上国の官庁には稀な、地域の課題・ニーズを迅速かつ親身に掌握し対処できる組織・職員態勢となっている。
 また、事業実施手法においても、他省庁に先駆けて幾多の特筆すべき取り組みを推進してきている。

 私がLGEDに赴任して、もっとも驚いたことは、もう30年近くも前の1980年代前半から、農道や水路の補修などの軽微な工事については地域の母子家庭や農地を持たず満足な収入を得られない人々をメンバーとした役務契約組織(Labor Contracting Society)を立ち上げ、賃金支給を通じて貧困削減の一助とする仕組みを生み出し、それが定着していることであった(写真3)。

写真3 女性が主なメンバーの役務契約組織による路肩や植栽の管理作業
写真3	女性が主なメンバーの役務契約組織による路肩や植栽の管理作業


 その他にも、道路1km毎に近傍に住む女性1名(新規植栽時や80%以上の移植直後には2名)を作業員と定めて路肩や植栽の日常管理をさせる手法(この場合、作業員15〜20名毎に監督者1名を配置)や、県毎に熟練者1名と未熟練者3〜4名を移動維持管理チームとして契約し、資機材を供与して舗装面の巡回補修を担当させる手法など、工夫を凝らした取り組みが行われている。

 農道の維持管理だけでなく、排水改良や灌漑整備などの水資源開発事業を行う際にも、地方公共団体や地域の利害関係者の話し合いを基礎に、農家をはじめとした受益者による水管理協同組合(WMCA: Water Management Cooperative Association、日本の土地改良区に相当)を7割以上の同意徴収により設立し、着工前に補修費の積立てを義務付けるなど、バングラデシュにおける他の事業主体にも影響を与える先進的な取り組みを進めている(写真4)。

写真4 現地視察団を迎えるWMCA組合員
写真4 現地視察団を迎えるWMCA組合員


 さらにWMCAは、バングラデシュで全国的に盛んに行われ2006年のノーベル平和賞を獲得したグラミン銀行のようなマイクロ・クレジットの貸出業務も組合員を対象とした活動の一部として行っていて、とくに銀行からの貸し付けを受けづらい女性組合員が事業資金を入手する際の貴重な資金源となっている。

5. LGEDと日本

 2012年は、バングラデシュ独立(1971年)の翌年に日本が先進国で真っ先に同国と国交を樹立して40周年となる記念すべき年である。バングラデシュは最近10年間、年率6%を超える経済成長を続け、かつてのアジア最貧国のイメージから脱却しつつある。首都ダッカでは高層建築や立体交差の建設が盛んに行われている。賃金も中国やベトナムなどより安く(製造業作業員の平均基本月額78ドル)、加えて英語の通じる労働力、人口1億5000万人というマーケットとしての可能性などを求めて、08年からのユニクロをはじめ121社の日系企業が進出している。

 農村振興局関係としては、1984年4月に書記官派遣が始まってから10代目の書記官が現在勤務中であるし、LGEDへの協力という面でも、創設間もない96年6月に初代の個別専門家が派遣されて以来、私で7代目を数えている。

 LGEDと日本との関係という面で特筆される事業としては、何といっても2003年から11年9月まで、通算2期7年間にわたって実施された技術協力プロジェクト「農村開発技術センター(RDEC:Rural Development Engineering Center)機能強化計画」の成果が挙げられる。農道整備を主な対象とする設計・品質管理・維持管理・GIS/RS・研修などの各分野に関し、農村振興局から派遣された7名の長期専門家をはじめとする多くの技術者の指導・協力、資材供与、研修が行われ、調査・計画・設計・施工・維持管理など、プロジェクトサイクルの各段階において技術の導入・定着、技術者の能力向上が図られてきた(写真5)。

写真5 RDEC供与機材での研修を視察する佐渡島駐バングラデシュ日本大使(中央)
写真5 RDEC供与機材での研修を視察する佐渡島駐バングラデシュ日本大使(中央)

 また、ハード面での農業農村開発事業についても、有償資金協力の枠組みを通じて、農道整備や農村市場の建設を中心とする「農村インフラ開発事業」を2005年以降継続して全国的に展開してきているとともに、08年からは参加型の灌漑排水整備などを行う「小規模水資源開発事業」が新たな分野への協力として進められている。

 さて、私が前任地(北陸農政局)で関係していた地域イニシアチブの一つに、新潟市の皆さんが始められた「佐野藤三郎記念 食の新潟国際賞5)」がある。これは「人々の生命を救い、暮らしを向上させ、尊厳の回復に大きく寄与した食の分野」の国際的な業績を新潟の地から顕彰するものであり、2010年に実施された第1回表彰では本賞および佐野藤三郎特別賞とも研究部門からの受賞者に与えられた。

 賞創設の趣旨である飢餓・貧困解消のためには研究以外の分野からのアプローチも重要であることから、2012年に行われる第2回表彰の候補の一つとしてLGEDが推薦されているところである。本賞のタイトルに名を付されている土地改良の大先輩、佐野藤三郎氏が心血を注いで育てた土地改良区と同様の組織である水管理協同組合を、新潟平野と同じく低平地が国土の大部分を占め、農業面でも厳しい環境にあるバングラデシュにおいて新たに一歩から根付かせようとしているLGEDにとって、願ってもない機会といえるものである。

6. おわりに

 LGEDは本年8月に創立20周年を迎えるが、この間の業績が認められて、1996年には世界銀行から効率的・効果的政府機関の優良事例として評価されている。また、バングラデシュが独立40周年を迎えた今年度、厳しい財政事情のなかで300人以上の組織拡充が認められるなど政府内での期待が大きく、記念すべき2012年を更なる発展の第一歩としようとする機運をお伝えしながら、バングラデシュからの報告とする。バングラデシュおよびLGEDが、ARDEC読者の皆様にとって身近な存在になっていただければ幸いである。

<参考文献>
1) 田澤裕之、バングラデシュにおける気候変動の影響と対策、『ARDEC第42号』、日本水土総合研究所、2010.4
2) 坪田俊郎、バングラデシュの命運を握るコメ作り、『農村振興 第749号』、全国農村振興技術連盟、2012.5(掲載予定)
3) 堀口松城、58 日本による国づくり、『バングラデシュを知るための60章』、明石書店、2009.11
4) Yasuo Fujita, What Makes the Bangladesh LGED So Effective?, JICA Research Institute、2011.1
5) 一般財団法人「食の新潟国際賞財団」 http://www.niigata-award.jp/

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