自然災害と復興支援
─スマトラ島沖大震災からの復興に対するFAOの取組み─

国連食糧農業機関(FAO)アジア太平洋事務所
チーフ・テクニカル・アドバイザー 小林 誠

1.はじめに

 2004年12月26日、インドネシア西北部スマトラ島沖で発生したマグニチュード9の大地震は、震源にもっとも近いインドネシア・スマトラ島北端に位置するアチェ州はもとより、インド洋に面する多くの地域へ、主に津波による甚大な被害をもたらした(表1)。これに対し、日本を含む世界各国、国際機関、NGOなどによって、多くの緊急支援が行われた。しかし、このような支援のほとんどは生活、農業、漁業といったセクター毎に分割して行われており、必ずしも地域のニーズに即した、住民参加型で持続可能性のある支援とはいえないものとなっていた。

表1 2004年スマトラ島沖大地震および津波による被害状況
国名など 死者(人) 行方不明者(人) 家屋などの損失(件)
東南アジア インドネシア 130,736 37,063 500,000<
タ イ 53,953 2,817 7,000
ミャンマー 61 200 3,200
マレーシア 68 6
南アジア スリランカ 35,322 516,150
モルジブ 82 26 15,000<
インド 12,405 5,640 647,599
バングラデシュ 2
アフリカ諸国 118 4,400<
合計 23万以上 4万5千以上 170万以上

注: 国名中、赤字で表記したものはプロジェクト対象国。

出所: "Report for the Regional Advocacy Workshop for the Regional Programme for Participatory and Integrated Agriculture, Forestry and Fisheries Development for Long-term Rehabilitation and Development in Tsunami-affected Areas", 13 December 2010, FAO RAPから筆者改変。


 このような状況に鑑み、FAOは津波の被害を受けたインドネシア、モルジブ、スリランカ、タイの小規模農家や漁家が主体となる地域について、地域の天然資源を活用し、住民のニーズに即した、農林水産業全体の復興と開発を長期的視点で支援するプロジェクトを計画し、日本政府の資金援助を要請した。筆者が担当している「津波被災地における住民参加及び統合的農林水産業の長期的復興及び開発のための地域プログラム(RAFFTA)」は、前記4か国を対象に2006年9月から5か年計画で開始された(事業の進展と日本人専門家の不在期間を考慮し、日本政府は2011年に8か月間の延長を承認)。

 ただし、スリランカについては、津波の被災地は東部海岸地域が主体だったが、プロジェクトの開始当時、まだ内戦が終結しておらず、被災地における反政府勢力の活動が活発だった。このため、これが沈静化に向かった2008年9月まで、現在のプロジェクト・サイトでの活動を行うことができなかった。

 また、タイについては、自国政府の復興支援も活発に行われたために復興の進捗が速く、プロジェクト・サイトにおいても、農業普及局の継続的な支援によって、プロジェクトの成果が持続可能なかたちで発展していた。このため、2009年末をもって、プロジェクトの活動を終了している。

2.プロジェクト・サイトの概要とプロジェクトの運営方式

 RAFFTAは、地域住民の参加による持続可能な農林水産業全体の復興・開発のモデル化を行い、ここで得られた成果を農林水産業に関する地域開発政策に反映させることを目的としている。このため、プロジェクト活動は、村単位に対して行っており、支援の直接受益者はもっとも多いスリランカでも4千人程度となっている(プロジェクト・サイトは、インドネシアではアチェ州アチェジャヤ県クルンノー村、モルジブでは南部県ガドゥー島、スリランカではアンパラ県ビナヤガプラム4か村、タイではパンガー県バンターディンデン村の4か所)。

 プロジェクトの開始後、5か年計画の立案のために行った住民調査によれば、プロジェクト・サイトにおける貧困者の割合は非常に高く、とくにスリランカのサイトでは住民の8割が世界銀行の貧困ライン(基本を1日当たりの生活費が1ドル以下とし、詳細には購買力平価により修正。2005年の購買力平価で修正した値は1.25ドル)を下回る状況であった。また、スリランカでは、内戦の影響による寡婦の割合が高く、全世帯の2割で寡婦が家長となっている。

 プロジェクトは、タイのバンコクにあるFAOアジア太平洋事務所を本部とし、各サイトの住民などの参加を得ながら、事業を実施している。しかし、(1)インドネシアはアチェ語、モルジブはディビヒ語、スリランカはタミル語というように言語が異なること、(2)各サイトとも非常に遠隔地であること(インドネシアは、首都から国内線で4時間飛行の後、陸路4時間。モルジブは、首都から国内線で2時間飛行の後、スピードボートで2時間。スリランカは、首都から陸路10時間)、さらには(3)地域の地理、文化、宗教上の特性に配慮する必要があることから、国ごとに図1に示した組織を設置し、各プロジェクト・サイトに国別マネージャーを配置している。本部のバンコクには、2006年から2009年まで2名、2010年3月まで1名の日本人専門家が常駐していた。筆者は、2010年7月末に赴任し、2012年4月のプロジェクト終了までを担当する予定である。

図1 プロジェクトの国別運営組織図(各国共通)
図1 プロジェクトの国別運営組織図(各国共通)


3.各国における取組みと成果の概要

 プロジェクトの開始当初、日本人専門家が各対象国へ出向き、現地のニーズを踏まえた5か年計画案を作成した。この計画案は、2007年4月にバンコクで開催されたプロジェクト開始のためのワークショップにおいて、政府関係者に承認され、さらに各現地サイトでの会合等で微調整が施されたうえで、実質的なプロジェクト活動が開始された。

 マングローブ林を含む海岸林は、津波の衝撃に対する緩衝作用があることが知られており、プロジェクトの開始当初はプロジェクトの支援の下、住民による自主的な植林活動も行われていた(写真1)。

写真1 村人によるマングローブの植林作業
(インドネシア)
写真1 村人によるマングローブの植林作業(インドネシア)

スリランカでは、他のプロジェクトによる植林が定着しなかったのに対し、当プロジェクトが導入した海岸林用の樹種(モクマオウの一種)が順調に生育しており、この取組みが県のモデルに指定されている。しかし、筆者の着任当時、全般的にプロジェクトの進捗が遅く、住民の参加も低調となっていた。住民参加が低調となっていた原因としては、津波の記憶が新しいうちは海岸林植林の重要性に対する理解・共感が得られるものの、植林事業は住民の生活改善・向上に対して即効性のある経済的効果をもたらさない、言い換えれば、住民にとってプロジェクトの成果が見えにくいということが挙げられる。このため、筆者は着任後3か月間に住民との直接対話を通じて、住民が直接的に参加・受益し、その成果が持続可能となるように年次計画を見直し、プロジェクト実施期間の延長を要請し、現在も事業実施に努めている。

 なお、農業に対する津波の影響としては、一般的には塩害が大きいが、当プロジェクトのサイトは、いずれも雨量が多く、土壌も保水性の極めて低い砂土であるため、インドネシアのゴム育苗の例を除き塩害は起こっていない。

 以下に、各国における主な取組みの概要の一部を紹介する。

(1)インドネシア

 インドネシアのサイトは、中高年の住民のほとんどが津波で亡くなり、農漁業技術の伝承などが行われていない。また、サイトの村はもっとも近い隣村までの距離が4km以上あり、今年、アメリカ国際開発庁(USAID)の援助による道路・橋が完成し、州都、県庁所在地へのアクセスが改善されるまではほぼ孤立した状態にあった。アチェ州は、イスラム教の戒律が国内他州に比べてとくに厳しく、女性の活動参加や家畜糞尿の有効利用に困難が伴う。

1)ゴムの展示圃(ほ)

  国際価格の高騰により、ゴムの利益率が高く、土地も村内に十分あるため、村民の希望によりゴムの展示圃を設置し、技術研修を実施。展示圃での技術は、すでに村民が自らの圃場に移転。村民の要望により、2010年1月から、幼木の配布のための育苗を行ったが、散水用の水源からの塩害と住民参加意識の低下による対応の遅れとによって、苗が枯死。


2)アチェ牛の導入

  アチェ州在来種のアチェ牛は、小型だが州内ではもっとも好まれ、高値で取引される。このため、2009年の導入開始当初は、肥育による販売収益での回転を目指したものの、村民に牛飼養技術がなく、市場への出回り頭数が少なく、後継牛の確保も困難。このため、2010年に繁殖を伴う形式に変更。牛飼育中核グループを形成し、牧草地、牛舎、堆肥製造施設を提供するとともに、西ヌサテンガラ州ロンボク島で実施されていた国際協力機構(JICA)プロジェクトの協力を得て、牛飼養技術研修を実施、雌牛も提供し、持続可能な牛飼養形態を確立中。


3)簡易漁港と魚加工処理施設

  大地震による海岸線の陥没などの変化により、漁船の接岸が不可能となったため、水路と簡易漁港を建設。これに隣接して魚加工処理施設を建設し、魚の付加価値化を図る。


4)家庭菜園

  各家庭に遊休地はあるものの、野菜・果実の栽培はほとんどされておらず、大半を外部から購入。20戸のモデル家庭菜園を設置して技術研修を実施し、付加的収入と栄養水準の向上に寄与。


(2)モルジブ

 モルジブのサイトは、居住島(ガドゥー島)と船で10分ほど離れた非居住の農耕島(ガン島)の2島で構成されており、プロジェクトの実施を難しくしている。今年10月に後述するプロジェクト支援ワークショップ参加者が発起人となって、協同組合が設立され、政府の認可も得て、各種の加工施設での活動やコンポスト作りなど、プロジェクト活動の中核事業を実施していくことになった。

1)タロイモ畑の排水と加工施設

  プロジェクト・サイトの主要作物であるタロイモ畑に排水施設を設置し、収量の増加を図るとともに、加工施設(主にタロチップスを製造)による付加価値化を図る。


2)ココヤシ油加工施設

  モルジブの主要作物であるココヤシから非加熱油を抽出し、付加価値化を図る。政府の意向により、建設地はプロジェクトが提案したガドゥー島からガン島に変更されたため、当初予定していた製パン・製菓による高付加価値化が困難となった。


3)家庭菜園

  伝統的に野菜の摂取量が極めて低いため、簡易灌漑施設を提供するとともに、技術指導を行い、栄養水準の向上と余剰野菜の販売による付加的収入を提供。


4)コンポスト製造

  モルジブは、全ての島がサンゴ環礁にあり、土壌の有機物含量が極めて低い。土壌改善のためにコンポスト製造研修を実施し、植物原料細断機を提供。サイトには家畜が皆無のため、輸入牛糞による窒素含量の向上を図る。


(3)スリランカ

 プロジェクト・サイトの住民は、同国の主流であるシンハラ人ではなく、反政府勢力と同じタミル系であるため、内戦中は村外への移動を厳しく制限されていた。このため、プロジェクトで実施した国内先進野菜栽培地への研修など、見学・研修による効果が著しく大きい。この1例として、2010年に実施した現地見学研修で得た知見により、赤タマネギが2倍を上回る増収となったことが挙げられる。また、本年4月に開催された県農業委員会(社会主義のスリランカでは、農業政策を決定する最高機関の位置付け)において、当プロジェクトがモデル・プロジェクトに指定され、プロジェクトの成果を県の農業政策に反映することが決定され、プロジェクトの目標達成に大きく近づいた。

1)農林水産情報センター

  技術情報を中心に普及を推進。すでに、県が他の地域への同方式の普及を決定。


2)地鶏の裏庭養鶏

  寡婦200人に対し飼養技術研修を実施し、修了者に15羽(雄2羽、雌13羽)の自家繁殖性のあるニワトリを配布。すでに次世代のニワトリが誕生し、増殖中。


3)ヤギ農家の回転増殖システム

  第1世代20戸の農家に対し、在来種のヤギを各5頭(雄1頭、雌4頭)と改良型畜舎を提供。第2世代10戸に対し、第1世代から同数のヤギと畜舎建設資金を提供。第3世代5戸で回転増殖は終了。


4)野菜の収穫後処理技術の向上

  

写真2 収穫や運搬に便利な
プラスチック製クレート
(スリランカ)
写真2 収穫や運搬に便利なプラスチック製クレート (スリランカ)

従来、野菜の収穫後は麻袋で市場へ出荷していたが、この方法では損耗が最大40%程度に達していたので、プラスチック製クレート(写真2)を導入して損耗をほぼゼロに改善。


5)圃場整備と小規模灌漑の導入

  乾期対策として圃場に掘られた給水用の穴を埋め戻すことによって、作付け可能面積を25%程度増加。他の援助機関が提供した農業用井戸を利用したスプリンクラーによる小規模灌漑施設を提供し、野菜の通年栽培を達成。


6)内水面漁業の資源涵養

  村内の淡水湖にティラピアの稚魚24万匹を放流。漁業者の協同組合化によって、持続可能な内水面漁業を確立。


7)女性グループの収入創設活動

  プロジェクト・サイトでは女性の収入源が極めて限定的であるため、各10名で構成される7グループを組織し、それぞれが事業対象を決定。これに対し、技術研修を実施するとともに、事業の当初の活動資源を支援。事業対象は、パーボイル米(コメを籾のまま蒸し、乾燥後脱穀したもので、貯蔵性も栄養価も白米より高いとされる:2グループ:写真3)、米粉、スパイス粉、ローカル・スナック類(2グループ)、衣類製造。

写真3 女性グループによるパーボイル米製造作業(スリランカ)
女性グループによるパーボイル米製造作業(スリランカ)

(4)タイ(プロジェクト活動は終了済み)


1)野菜の水耕栽培

  バッチ式の水耕栽培施設の提供と技術研修を実施。村では水耕栽培グループが組織され、プロジェクト終了後も継続的に栽培を実施しており、重要な収入源となっている(写真4)。

 
写真4 2010年12月にタイで開催されたRAFFTAワークショップの現地見学で、タイのプロジェクト・サイトの水耕栽培施設を訪問。ワークショップの出席者は、各サイトの地方自治体職員と農漁業者
写真4 2010年12月にタイで開催されたRAFFTAワークショップ

2)海岸天然資源の維持・増進

  海岸林などの天然資源の維持・増進に資するため、関係政府・自治体職員に対し、地理情報システム(GIS)の研修を実施するとともに、研修テキストを印刷・配布。


(5)地域レベル

 プロジェクト対象国間の相互連携などを推進するため、情報交換を中心にした地域レベルでの活動を実施している。

1)RAFFTAニュースレターの刊行

  プロジェクトの活動を写真付の記事で紹介(英語版)。2010年までは、年1回、今年から年2回刊行し、各国語に翻訳して広く関係者に配布してサイト・参加国間の情報交換を促進。


2)プロジェクト支援ワークショップの開催

  2010年12月、タイのプーケットにおいて、プロジェクト活動促進のためのワークショップを5日間開催(うち、3日間はタイのプロジェクト・サイト、農漁家女性グループによる収入創設活動、村落コミュニティにおける活動などの現地見学・意見交換)。タイを含むサイトから農漁業者各3名と地方政府代表者各2名を招き、今後の活動指針を含むプロジェクト活動活発化の意向を集約。その後、ワークショップ参加者を中心に各地での活動が活発化している。


4.おわりに

 スマトラ島沖大地震・津波の発生から本年12月で7年が経過し、現在も現地で復興事業を継続している機関・団体はすでにごく少数となっている。筆者のような直接被災者でない者にとっては、現地を訪れても、津波の痕跡は、現地の伝統的住居とは異なるコンクリート製の規格住宅から感じられる程度でしかない。しかし、実際の被災者と話をすると、その記憶は決して風化していないことがわかる。ただ、被災者も生活していかなければならないことはいうまでもなく、地域の特性に合った農林水産業を持続可能な形で改善・発展させていくことは、伝統的に小規模な農漁業を営んできた住民の生活再建にとって、必要不可欠であろう。

 近年、世界各地で大規模な災害の発生が相次いでいる。スマトラ島沖大地震による津波の被災地は、いずれも発展途上国であり、日本とは大幅な経済格差があるため、ここで得られた復興への取組みの経験を直接、東日本大震災の被災地へ当てはめることは困難かと考える。しかしながら、「被災住民との対話を通じて、住民のニーズに合った取組みを住民参加で実施するという支援」を行うという方法については、限られた資源を最大限有効に活用して、被災地の人々の生活を再建するために応用可能な方法ではないかと考える。

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