山内昌之著

『リーダーシップ』

 ──胆力と大局観──

『リーダーシップ』表紙

 3月11日の東日本大震災の発生以来、震災に関連した著作が多数発刊されているが、この著作は震災後の政権のリーダーシップのあり方について危惧を抱いた著者が、危機に直面した時のリーダーシップのあり方について、古今東西の歴史上の人物を紹介しながら、あるべき姿を説いたものである。

 「大震災や大火事などの自然災害を処理する力は、政治家の器量をはかるバロメーターでありリトマス試験紙でもある。歴史的にも、内政基盤の弱かった政権や外交力が乏しい宰相の時に大きな自然災害が起きると、リーダーシップのあり方は国家の危機と国民の動揺にそのまま直結することが多かった。注目すべきは、今回の東日本大震災や平成七年の阪神淡路大震災といい、大正十二年の関東大震災といい、大きな自然災害は政権基盤が弱い政権の時代か組閣が進行中で政府が不在のタイミングで起こることが多かった。まことに不思議な暗号である。」としながら、関東大震災は、加藤友三郎首相の急死後、後継の山本権兵衛が組閣を終わらぬうちに起こったが、大地震のわずか5日後に内務大臣の後藤新平が「帝都復興」に向けて活動を始め、果敢なリーダーシップで帝都東京の再建を進めたこと。また、阪神淡路大震災が起きた時の政権は、村山富市社会党党首を首相とする自社さ連立内閣で、村山首相の初動が遅くリーダーシップの弱さがしきりに取り沙汰されたが、まもなく小里貞利氏を震災対策大臣に任命し復旧復興に向けた態勢を立て直したことを紹介し、これに対して、今回の震災と原発事故後の政権の指揮命令系統の混乱または不全を嘆いている。

 さらには、日本史上の大災害と政権の対応の事例として、明暦大火(1657年)と保科正之、安政大地震(1855年)と堀田正睦の例を挙げ、迅速かつ適確な対応で国家の危機を救ったのは、リーダーの気概と使命感に負うところが大きいとしている。

 今回の東日本大震災は国家に与えた打撃の規模において、1755年にポルトガルで起きたリスボン大地震に似ていて、大航海時代にスペインと並ぶ強国であったポルトガルが大地震を契機に国力を衰退させたことから、日本も「第二のポルトガル」になるのではないかと危惧する論説があるが、リスボン大地震の際の宰相カルヴァーリョの果断な対応についても紹介している。

 これらの事例から、大震災などの危機を乗り切ってきた内外のリーダーの共通の資質は、第一に「心の平静」、第二に「政策的総合力と全体的判断力」であることを挙げ、結びとして、リーダーの条件は、総合力、胆力、人心掌握力の3つであるとし、その三点が、今回の震災対応において現政権のリーダーに欠如していたことを厳しく指摘している。最後に、日本のリーダーには、歴史や伝統に培われた先人の知恵を学びながら、未知との遭遇にも毅然とした胆力を養うことを期待しておきたいと結んでいる。200ページ足らずの新書であるが内容は濃密であり、とくに震災復興に携わる方には一読をお勧めしたい。

*新潮社刊 本体価格680円

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