海の森、マングローブの修復に取り組む

NGO マングローブ植林行動計画(ACTMANG) 代表 須田清治

海と陸とふたつの生態系を育む

 いまではテレビ・コマーシャルに登場するマングローブだが、若干の説明を行う。マングローブとは、熱帯および亜熱帯の暖かい沿岸域に生育する73種(World Atlas of Mangroves, ISME/ITTO, 2009)の樹木の総称。例外的にヤシやシダ、草本も含まれる。外見の特徴はタコの足のような支柱根や、タケノコのような気根(呼吸根)と呼ばれる特殊な根、それに胎生種子(散布体)と呼ばれる棒状種子である。しかし、そのような典型的な特徴をもたない種類も多い。

 その生育環境は波が穏やかな河口域や入江内で、干潮時には陸となり、満潮時には汽水から海水域に変化するところ。海と陸の両方の生態系が育まれるため、生物多様性に富んだ森である。

 インドネシアでは最多の45種が見られ、また面積がもっとも広い。不思議なことに、アジア・太平洋から東アフリカに分布する種類と、西アフリカから南北アメリカに分布する種類が異なり、後者は13種と少ない。日本では西表(いりおもて)島などに分布(11種)。鹿児島県の喜入(きいれ)はアジア・太平洋域の分布北限となるが、そこよりも高緯度のイギリス領バーミューダ諸島にも分布する。

写真1 マングローブの森に暮らすカニクイザル(写真撮影場所は全点、ベトナム)
写真1 マングローブの森に暮らすカニクイザル

命を守る“防災の森”

 近年、地球温暖化防止というスローガンのもと、世界各地でエコビジネスが盛んだ。マングローブ土壌は有機物が分解しにくいので炭素蓄積量が多い。そのために二酸化炭素の吸収源として注目されている。だが、私たちの関心はそこにはあまりない。より多くの地域住民がマングローブの森の恵みを受けられること、それが私たちの植林活動のモチベーションとなる。

 スマトラ島沖地震のインド洋大津波(2004年)により22万人を超える死者をだした。その後の調査で、マングローブ林が津波に対しても自然の防波堤として機能することが判明し、その防災効果が脚光を浴びた。それ以前からも、サイクロンや台風による高潮被害に対しての防災効果は知られていた。ミャンマーのイラワジデルタを襲ったサイクロン・ナルギス(2008年)は、14万人ほどの死者行方不明者をだした。被害が大きかったのは水田地帯。私たちの1500ヘクタールを超える植林地域では死者が極めて少なかった理由は、マングローブ林の防災効果といえよう。

 また、近年では“環境林”としても見直される。ベトナム最大のマングローブ林である4万ヘクタールほどのカンザーの森は“ホーチミンの緑の肺”といわれている。今では生産林から保護林となり、エコツーリズム・サイトとしても活用される。

写真2 日本からのボランティアも植林に参加
写真2 日本からのボランティアも植林に参加

食料も調達できる“生活の森”

 マングローブ林は、そこで暮らす人々が建材や食料、炊事の燃料を集めることができる“生活の森”。潮の干満を利用すれば、それらの運搬も簡単である。マングローブの利用としては、次のようなことがあげられる。

1)建材:その幹を丸材として柱と梁を組み、ニッパヤシの葉で屋根と壁をふけば簡単に家ができる。

2)炊事用の薪や炭:なお、マレーシアのマタンの森では30年周期で伐採と植林が行われ、日本向けの炭も生産されている。

3)家畜の飼料:乾燥地にも分布するヒルギダマシは東アジアから東アフリカ、とくに乾燥地では貴重なラクダの飼料となる。

4)その他:種類によっては食用(実や樹液)や染料、緑肥(枝葉)。日本では戦前戦後、皮をなめすカッチ(主成分はタンニン)が樹皮を煮詰めて作られ、また丸材としても使われた。現在も、布の染料として使われる。


 生態系の利用としては、次のようなことがあげられる。

1)漁場:カニ、エビ、魚、二枚貝や巻き貝、他の底生生物が食料や現金収入となる。

2)蜂蜜:巣箱を使った養蜂も行われるが、天然の蜂蜜も集められる。日本人にはゲテモノとなる森の幸は、食感がゴムのホシムシ、ネズミ、イモムシ。それらの味はわるくない。マヤプシキの仲間の花の蜜は甘かった。

写真3 釣上げられたカニは砕かれてスープのダシとなる
写真3 釣上げられたカニは砕かれてスープのダシとなる

地球規模のマングローブ破壊はいまも続く

 国連食糧農業機関(FAO)の報告書(The World's Mangroves 1980-2005)によれば、1980年の世界のマングローブ総面積は約1900万ヘクタール、25年後の2005年には2割減の約1500万ヘクタールとなる。それは日本の国土の4割にしかならない。森林面積減少だけでなく、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリスト(絶滅危惧種)に指定された種類もあらわれた。

 その減少理由は、世界の人口増加とともにマングローブ湿地が開発され、農地、養殖池、宅地になったこと。戦争の影響もある。ベトナム戦争時(1960年代)には、米軍が空中散布した枯れ葉剤によって、南部のマングローブ林は大きな被害を受けた(戦後の植林によって、森は修復されたが、そこに生息していたワニが絶滅する)。そして、近年の急激な減少はエビ養殖池造成による破壊である。その他に、イラワジデルタのように炭生産のための乱伐、ユカタン半島のように埋め立て道路建設による枯死(導・排水管の機能不足)、タイのスズ鉱石採掘のための伐採などもある。

 いまも続く破壊により、マングローブ域で暮らす人々は森の恩恵をさらに受け難くなった。そのためにマングローブ植林の必要性がでてくるわけだが、当初、私たちが着目した理由は他にあった。

写真4 植栽直後の植林地
写真4 植栽直後の植林地

「砂漠に緑を」、そしてNGOの設立

 乾燥地では淡水は貴重であるが、海水は無尽蔵にある。いまから30年以上前に、私たちの前代表の向後元彦は乾燥地での緑化方法としてマングローブ植林を思いついた。1978年に「砂漠に緑を」を設立。「中東協力センター」の支援を受けて、乾燥地のマングローブ林を調査した。そして、日系のアラビア石油(サウジアラビア)とアブダビ石油(アラブ首長国連邦)の2つの石油基地内で、マングローブ植林の研究(社会貢献事業)が始まった。

 10年にも及ぶ試行錯誤の結果、私たちは植林技術を確立し、それを身につける。この話は岩波新書『緑の冒険─沙漠にマングローブを育てる』となり、また中学の英語や国語の教科書にも取り上げられた。

 1990年代に入り日本でもNGOが認知され、その活動に対して、官民からの資金的な支援制度が確立されてきた。そのような時代背景のなか、アラビアで得られた経験を他の国々で役立てるため、1992年にNGO・マングローブ植林行動計画(ACTMANG:アクトマン)を設立。そのメンバーはアラビアで汗を流し、国際協力機構(JICA)、ユネスコ、FAOなどのマングローブ専門家として世界各地で活動した経験をもつ。

写真5 植林地では支柱根も出ている(植栽4年後)
写真5 植林地では支柱根も出ている(植栽4年後)

ACTMANG(アクトマン)の行動

 地域住民によるマングローブ生態系の修復や保全を支援すること、それがアクトマンの目指す行動である。中心となる活動は植林(ベトナム、ミャンマー、パキスタンなど、これまでの植林総面積は計3000ヘクタールを超す)、そのための研究・調査・知識の普及(ワークショップ開催、各種冊子の制作配布)、ほかに保全(樹高60mを超す世界最高木のマングローブがあるエクアドルの森)やエコツーリズム開発がある。それらの活動資金は官民からの助成金と、企業などからの寄付金による。

 メンバーの大半は探検部や山岳部のOB。現場をおもしろがり、楽しみながら活動を行っている。あえて当方の理念をいえば、活動の受益者である村人に少しでも喜んでもらえること。

地域住民との共同作業

 外国からよそ者が来て簡単に植林ができるわけではない。当然、各国でのカウンターパートが不可欠であり、彼らと地域住民の理解と協力なくして活動は実施できない。第一歩は信頼関係づくりからはじまる。

 地元側からの植林要望を聞いて、実施計画が決まれば、種子を近くの自生林から集める。しかしながら、現場を知らないと簡単には集められない。その理由は2つある。

1)年1回ほどの結実期は樹種や地域によって、大きく異なること。

2)乾燥すると発芽能力を失う種類が多いので、種子の長期保存ができないこと。したがって、採種時期が播種時期となる。

 集められた種子はそのまま干潟に播種されるか、あるいは苗木に育ててから植えられる。種子が流されにくい棒状のものはそのまま播種されるが、流されやすく発芽しにくい小さな種子は育苗されることが多い。植林計画地の生育環境が厳しい場合には、棒状種子でも苗木に育ててから植えられる。


 採種から植栽までの一連の作業は、地域住民との共同作業となる。作業に参加を希望される日本人は多いが、私たちも含めて労働力としてあまり役に立たない。歓迎はされるが、その意味は遠いところから、片田舎まで来てくれた感謝の気持ちであろう。

写真6 子供たちも環境教育イベントに参加
写真6 子供たちも環境教育イベントに参加

マングローブ修復の難しさ

 ベトナムでは、近年になるとマングローブが簡単に育つところが、めっきり少なくなった。理由は、すでに生育環境のよいところでは植林が完了していること。それでも地元の植林要望は根強く、各地から、数百ヘクタール規模の干潟があるから防災と水産資源の涵養のためにぜひ植林してほしといわれる。たしかに地平線の彼方まで干潟があるように見えるところもあるが、すでに平均海面より低い場所。そこではマングローブがたとえ発芽しても育ちにくい。私たちの最近のおもな植林対象地は養殖池の跡地である。それはエビ収獲減によって、池の堤が壊れても補修できずに養殖が放棄された池。そこの土地利用権を、村(行政)が所有者から回収したところに植林している。

 ベトナム北部では、1つの池の面積が100ヘクタールを超えるエビ養殖池地帯がある。もともと、数千ヘクタールを超えるマングローブ湿地があったところだ。それらの池にマングローブを植林できれば、地域住民のみんなが利用できる“生活の森”に戻すことができる。しかし、経営破綻していない池の所有者に養殖を放棄させることはできない。また養殖を放棄しても、池の転売をもくろむ所有者も多い。行政を動かすには、その根拠となる“マングローブ林の経済性”の基礎データが不足している。そこにも、マングローブ修復の難しさがある。

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