世界のスローフード運動

 国際的なスローフード運動は、1986年にローマのスペイン広場近くにマクドナルドが開店したとき、その反対運動として始まった。このマクドナルドは、持続可能で健康な地域の食文化の衰退を象徴するものとなった。それ以来、スローフード運動は、132か国にコンヴィヴィアという支部を持つ国際組織となり、10万人以上のメンバーが参加する。参加者は、「質が高く、清潔で、搾取のない公正な食品」の普及推進に努め、食を通じた「文化の変革」を目指して、多様な教育と啓発活動を展開している。

 スローフードの目的は、生産者と消費者(同運動では、スローフードを支援する賢い消費者を共同生産者と呼んでいる)をつなぐことである。地域を基盤とする料理の多様性や健康でおいしい食材を推進する一方、「より大きい視点」から、生物多様性の保全に努めている。また同時に、「伝統的手法を守る生産者の国際的ネットワークの構築」、「伝統的生産物の支援」により、経済的にも採算が取れるよう尽力している。スローフードの活動全般で、おいしい物を食べる喜びと環境への責任は切り離せないという点が強調されている。

 スローフード運動では、多様なイニシアティブを通じて、一般の人々への啓発活動を広げている。スロークッキング法を伝授する多くの出版物も出されている。アグリビジネスやファストフードの恐ろしい現実と共に、地域産品やフェア・トレード製品を購入する利点を伝える講演活動、記事、サイトも数多い。また同運動は、各種のイベントを開催し、教育や啓発活動に努めている。そのひとつとして2009年には、イタリアのジェノバで、「スローフィッシュ」という海産物フェアが開催された。地元のみならず世界中から5万5000人が参加し、持続可能な養殖法を学び、伝統的な漁法を守る漁師も加わり、料理やワインの試食会を催して、美食とは何かについて啓発した。

 スローフード運動の一環として、「生物多様性のスローフード基金」が設立され、「地元の食の伝統を守り、地域の生物多様性を保全し、小規模生産の質の高い地域産品を推進する」ことを目的に活動している。世界中の伝統的手法を守る小規模生産者が、300のプレシディアと呼ぶ評議会を結成し、生産技術の向上に努める一方、伝統的産品やその製法を守り、新しい市場開拓にも取り組んでいる。また同基金には「味の方舟(はこぶね)」という食品の認定制度もあり、市場で販売強化を図りたいが、食品関連の新たな衛生法などにより伝統的製法が利用できず、また一部の材料が希少となったため、忘れ去られる懸念のある貴重な食品を認定している。

 アースマーケットやスローフード・カフェレストランを創るコミュニティも、見られるようになっている。いずれも、食料生産者と共同生産者との交流を深めると同時に、地域の食材を推進し、顧客にも喜ばれている。アース・マーケットやスローフード・カフェレストランは現在、デリー、テルアビブ、ベイルート、ブカレストなどの都市にお目見えしている。

 スローフード運動の参加者は、自らの理念、とくに欧州連合(EU)にあっては農業政策および貿易政策に関する理念を伝えるためにロビー活動を展開している。最近、スローフードUSAは、「タイム・フォー・ランチ」というキャンペーンを立ち上げ、アメリカ議会に対して、アメリカの学校給食の基準を定めた「児童栄養基準法」を改正するよう訴えている。このようにスローフード運動は、「質が高く、清潔で、搾取のない公正な食品」の普及推進に取り組み、「持続可能な文化」への移行を促進するという重要な役割を果している。

『地球白書2010−11』より

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