富山和子著

『水と緑と土』

 ──伝統を捨てた社会の行方──

『水と緑と土』表紙

 中公新書から、1974年発行の名著が「環境論のバイブル、読み易くなって再登場」のコピーで再び出版されている。富山和子氏の「水と緑と土〜伝統を捨てた社会の行方〜」である。富山氏といえば、日本の米カレンダーを製作されていることで有名だが、「水田はダムである」とし、水田の多面的機能をいち早く主張された方でもある。農業農村の多面的機能は、いまでは食料・農業・農村基本法の基本理念にも取り入れられ人口に膾炙(かいしゃ)しているが、その先鞭をつけた氏の功績は大きい。

 1974年に発刊された当時の反響は、その「水と緑と土」というタイトルにあったという。水と緑について語られることは多いが、そこに「土」を持ってきたことに新鮮さと驚きがあったとのことである。著者は、「この題名に重い意味を込めて世に送りだした」と述べ、水と緑と土は同義語であると断言している。すなわち、「緑を失った文明は滅びる」という言葉は「水を失った文明は滅びる」といってもよく、正確には、「土壌の生産力を失った文明は滅びる」というべきなのである、と喝破(かっぱ)されている。

 本書は下のような構成になっている。

序章 自然観の断絶
1 治水の革命
2 不足する水資源
3 水の収奪
4 現代の水思想
5 原点としての明治三十年
6 緑の破壊者
7 失われゆく森林資源
8 土壌と文明
9 農業の近代化がもたらしたもの
終章 新しい道を求めて

 さて、いまから4億年前に最初の生命が海から陸に上がってきて以来の、地球の土壌形成の歴史のなかで、一つの法則が存在した。「いかなる動植物も土壌の形成に参加し、浸食防止に力を貸した。もしもこれを拒む生物があれば、その生物は滅亡した。」という法則である。この法則は文明にも適用されており、古代文明や都市の衰亡の歴史に示されている。詳しくは、本書の第8章「土壌と文明」に明解に述べられているが、著者は「土と訣別した日本」に対して、次のように警鐘を鳴らしている。

「おそらく世界のどの国にも増して、日本ほど豊かな地力を誇ってきた国はなかったであろう。(中略)にもかかわらず、日本ほど、その誇るべき資源をあっさりと放棄してしまった国もない。アメリカは依然として食料を自給し、自国の土壌を守るために膨大な国費を割いて余剰農産物を他国へ売りつけ、国内の市場価格を支えてきた。西ヨーロッパ諸国もまた、手をたずさえてその攻勢を防ぎ、自国の農業の振興に精力的なエネルギーを注いでいる。それにひきかえ、自由化を歓迎して自国の土壌を見捨て、その土地の上に大量の原料と食料とを他国から運び込んできた日本は、いま、あふれかえるばかりの廃棄物に悩まされながら、物質文明を謳歌している。」

 30年前の警告が活かされずにいることが、再び出版された動機であろう。

 私が驚きを禁じえなかったのは、富山氏の先駆的な視点である。

 それは、終章において次のような指摘をしているのである。

「この社会が忘れているのは、土から得たものは土に返すという最も基本的な原則であろう。しかもこの原則ほどきびしく困難な課題もない。それは生産物の量と質をもその土地に拘束させる。」

 これは、人間の自然消費量と自然の生産能力を比較して、いわば人間が自然環境をどれだけ踏みつけにしているかを示すエコロジカル・フットプリントの概念に通じるものである。マティス・ワケナゲルがこの概念を唱えはじめたのが1990年代初めであった。つまり、それに先駆けること20年に近いことになる。

 近年のグローバル経済は自由な交易を絶対的な原則にしているが、「21世紀を環境の世紀」と理解するならば、エコロジカル・フットプリントという視点はいっそう重視されるべきであろう。ピークオイルや二酸化炭素排出削減など極めて不可避的な現実を無視しなければ、大量の燃料を使用する交易を今世紀の文明の存続の前提にはできないであろう。

 目次からは農林水産業をテーマに据えたような印象を受けるが、実は人類文明の存続への道を模索し、それを終章にて示している。


デイビッド・モントゴメリー著/片岡夏実訳

『土の文明史』

『土の文明史』表紙

 時を同じくして『土の文明史』というアメリカの研究者による著作が築地書館から出版されている。土が文明の寿命を決定するとして、古代ローマ帝国、マヤ文明から現代のアメリカ、中国まで、土壌を起点とする文明の衰亡を論じている。なお翻訳もこなれており、索引も充実している。紙幅も限られているので、目次の紹介に留めるが、東西の文明論として読み比べることをお勧めする。

第1章 泥に書かれた歴史
第2章 地球の皮膚
第3章 生命の川
第4章 帝国の墓場
第5章 食い物にされる植民地
第6章 西へ向かう鍬
第7章 砂塵の平原
第8章 ダーティ・ビジネス
第9章 成功した島、失敗した島
第10章 文明の寿命

日本水土総合研究所 調査研究部長 鈴木浩之

*『水と緑と土』中央公論新社刊 本体価格760円

*『土の文明史』築地書館刊 本体価格2800円

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